陸章 毛花売りの少女

韓国で商売するのはなかなか大変

釜山でショーに出演した時、会場では毛花の販売も同時に行っていた。とは言ってもメインの仕事はショーの方なので、「疲れるとショーに影響するから」とか言って、ショーのある日は全くブースを開けなかったのだが。そもそも筆者は接客業が大嫌いで、出来ればこんな仕事は辞めたいと思っているくらいなのだ。

さて、韓国でブースを出したのは初めてだったのだが、他の国に比べて特徴的なことがいくつかあるこの国では、大変さが倍増した。

まず。客層が若過ぎる。韓国でマジックがポピュラーになりだしたのは、実にここ数年のこと。日本も含む他の国では、金だけは矢鱈と持っている年配の方々がマジック愛好家層の広大な裾野を形成していて、彼らが商品を買い漁ってくれるがためにディーラー業が成立していると言っても過言ではない。しかし、韓国にはその年配愛好家層が存在しない。顧客は若年層のみで、そして若者というのはえてして金を持っていない。パパやママがスポンサーになっているようなちびっ子マジシャンならともかく、その辺もすっ飛ばした微妙な年齢層(十代後半~二十代前半)が大半であるようで、湯水のようにお金を投入出来る身分のアマチュアさんはそんなにいるワケではない。価格の高い商品しか置いていない筆者のブースのお客さんは、セミプロか、プロ、即ちマジックの道具を仕事の道具として投資すべき対象と心得ている人たちが多かった気がする。

だから、なんだかブースの前に黒山の人だかっていたとしても、ホレ、彼らの主な目的はサインか写真だ。まー商品が売れなくてヒマだったし、ファンサービスもシゴトのうちだと割切っていたので、商品を陳列してあるテーブルに群がってサインを要求する迷惑な輩を上手いこと交通整理しつつ、応じてはあげたけれど(しかし、彼らは丁寧にお礼を言うなど、往々にして礼儀正しかった。さすが儒教の国)。
 ところで、この国では「市場で値切る」のが常識となっている。市場には値札がないので、幾ら?と訊いて返ってきた答えが固定価格なワケではない。如何に交渉して値切るかが買い手の腕の見せ所。市場での価格は「存在しない」も同然なのだ。これは、金持ちや言葉のわからない外国人から金を巻き上げるシステムなのではないかと思うのだが、どうだろう?

――という手法をカネのない若者たちがココでも敢行しようとするから始末が悪い。一言目には「高い!」、二言目には「安くしろ」だ。こちとら適正価格を明示しているにもかかわらず。確かに、若者の財布には少々イタい価格ではある。加えて、韓国にはコピー商品が山のように出回っており、オリジナル商品よりもかなり安価で買える。世界で流通しているマジック用品の一般的な価格が余計に高く見えるのも道理。しかし、筆者の販売している道具は工業製品ではなく、実に手間暇かけて、一つ一つ手作りしたものである。即ち日本における人件費がそのまま価格に反映されている。価格が高いのも道理ながら、言い換えれば、自分の身を切り売りしているようなもので、そんな苦労に思いも馳せられない、自分で工夫も何もせずに道具を買い漁っているだけのワカゾーどもから「高い!」「安くしろ」と責め立てられるのはビミョーに腹立たしい。つーか、アタシがアンタらくらいの歳の時には「お金がない」とか言う前に、道具も衣装も何もかも自分で作ってたよ?(実を言うと今でもそうだ)

駄目押しに、筆者がショーの演技の中で使っている道具を持ち出して、「あの道具は売ってないの?」と訊ねる愚か者まで登場。

誰がオリジナルアクトの道具を商売のネタにするものか!

て言うか、他人のネタを簡単に真似しようとするなよ!

我が国では既に絶滅しつつある非常識と戦い続け、「本来ワカゾーどもに期待したい創意工夫」とはかけ離れた低次元の発言にいちいちプチ腹を立てている自分になんだか情けない思いをし、自分の方が「悪い人」になった気がしてますます「こんな仕事、早々に辞めたい」と打ちのめされたのであった。

もう一つ、面倒だったのはお金の扱い。レート計算すると日本円と等価の韓国ウォンは一桁多い額となる。千円は一万W弱、一万円は十万W弱。十万円はなんと百万W弱!額面だけ見るとエラい金持ちになった気分である。

金持ち気分になれるのはともかく、額が大きいと、その数字を声に出して言うのがなかなか面倒である。一桁付け加えて考えなければならない上に、これを英語で言う場合は余計に混乱する。何故なら、西洋の数字は東洋のそれと単位のシステムが異なるからだ。ご存知のように、西洋の数字には万の単位がないので、一万、十万が十千、百千という数え方になる。

ところが都合の良い事に、日本語も韓国語も漢数字を使って数える。加えて漢数字の発音も似ているので、金額を述べる場合は韓国語で言った方が簡単だ。だから、韓国人相手に英語で話していても、価格だけ韓国語、という妙な会話が繰り広げられた場面もあったりした。

が、どういうワケかココにフランス人のおネエちゃんが紛れ込んできた事があった。このおネエちゃん、英語が得意でない上に、計算も余り得意でないようで、加えて彼女はユーロの流通する国から来ていた。彼らからしたら、韓国ウォンに「取り憑いて」いるゼロは「多過ぎる」以外の何者でもない。金額を告げるだけで筆者より更に輪をかけてオロオロする始末。彼女の買いたい品物が十二万Wだったのだが、それを表現するのに「十二…ゼロ、ゼロ、ゼロ…がいっぱい」てな感じなのだった。

ところで、韓国では高額紙幣が余り流通していない。普通に出回っている最高額紙幣が一万W。従って、例えば百万Wの売上があれば百枚の札束となってしまうワケで、持ち運びに甚だ不便。普通に生活している場面でも、財布の中は一万W紙幣で一杯になってしまう。

また、客の中には英語も日本語も全く話せない人が当然いる。もっとも、日本語を話せる人がいる、ということ自体、他の国では有り得ない素晴らしさなのだが。ブースのセクション担当のスタッフの中には英語や日本語が堪能な人もいて、しょっちゅう助けてくださったので、実際にやり取りするに当たっては特に問題なく事が運んだのだが、韓国語しか話せないお客さんの中にはかなりぶっ飛んだ常識をお持ちの方もいてびっくらした。

ド派手なイデタチのとある若いおネエちゃん、筆者の店の名刺を見て「インターネットでも注文出来るのね」と喜んだまではいいのだが、その後にこう言ったのだ。

「韓国語で注文出来る?」

今アナタの目の前にいる店主であるアタシと通訳さんを通じて会話しているというのに、一体どういう思考の道筋をたどったら、このようにご自分にだけ都合の良過ぎる発想が出来るのだろう?オンライン通販は常にマルチ言語に対応しているというのが宇宙の常識ならともかく、外国のショップなら、普通は英語でやり取りしないかい?

このおネエちゃんにとっては、きっと韓国が世界の中心なのだろう。なかなかナイスな天然ボケ振りだったと思う。