陸章 毛花売りの少女

ネタ袋を縫うのは大嫌い

マジックのネタ場はいろいろな所にあるが、上着に取り付ける場合は裏地を使うことが多い。安いし、滑りがいいので何かと都合がいい。しかし薄くてぺらぺらした生地は実に扱い難い。袋状のものが多いので、我々の間では「ネタ袋」と呼び習わしているのだが、筆者はこのネタ袋を縫うのが大嫌いである。

が、マジックを演じるのに避けて通れないのがネタ場作り。時にはお客さんの注文でネタ袋を作ることもある。初め、これを一応商品カタログに載せ、五百円という値を付けた。しかし五百円もらっても作りたくもない程ネタ袋作りが嫌いなので、出来るだけ目立たないように掲載しておいた。

ところで、以前あるマジシャンのレクチャービデオを作る手伝いをしたことがあった。そのビデオではストッキングに加工を施してネタ袋として使うアイデアをレクチャーしており、発売元の会社の社長はビデオとネタ袋をセットにして売る、と話していた。筆者はそれを聞いて悲鳴を上げる。「え?そんなモノを売りつけるんですか?自分で作れるのに。詐欺だ!」しかし、社長もマジシャンも平然としたもの。こういうビデオを買うような人の大部分は裁縫などしたこともなく、自分で作るよりは多少金を出してでも買った方がいいと思うらしい。筆者のように、なまじ下手な裁縫が得意だったりすると如何にも馬鹿馬鹿しい出費だが、例えばストッキングで作った数センチ四方の小袋が、場合によっては一つ千円でも売れるのだと言う。筆者は彼らの言うことを容易に信用しなかった。

――と、筆者が騒いでいたという話を、件のマジシャンが他の人に話したらしい。「…って、かめさんが驚いてたって、皆で驚いてたよ」と後に聞かされたのである。即ち、ほんのちょっと手間を加えただけの材料費激安商品を臆面もなくべらぼうな価格で販売するのはこの業界ではごく常識的な話らしい。

さて、ある時イベント会場でブースを出していると、ネタ袋を欲しがるお客さんが現れた。一応在庫があったので、それを渡して五百円で売りつける。その後、隣にいた親しい業者さんにブツブツとぼやきつける。

「五百円もらったってこんなモノ、作りたかないんだけどねー」

すると、彼はこう言った。

「だったら自分が売ってもいいと思う値段をつければいいんだよ。例えば千円とか」

せ、せんえんですか?高々二十センチ程度の筒袋に?その気になれば五分で作れてしまうような代物に?筆者にとっては五百円ですら「べらぼうな金額」だった。なにしろ自分では百円もかけずに作れてしまうのだから。少なくとも自分だったら絶対に買わない。しかし「よく考えてみろ」と彼は言う。その袋を作るためには、布を買いに行って、裁断して、アイロンで整えて、ミシンをかけなければならない。しかし世の中には布の買い方すら知らない人もいるし、ミシンなんか触ったことのない人もいる。作り方がそもそもわからない人だっているのだ。自分には簡単に出来ることなので気付かなかったのだが、確かに、自分がミシンも触ったことのない時のことを考えてみれば、そういった状況は容易に想像出来た。

試しに、セット商品のオプションとして、オンラインショップにネタ袋の商品ページも作ってみた。すると。い、いるではないか!千円の筒袋を三枚も買ってくれる人が!店主としては有難い話ではあるが、自分の演技のためには裁縫どころか木工・鉄工・ペンキ塗り等、たくましい仕事を全て自分自身でこなしてきたことを考えると、なんだかビミョーに淋しい気持ちになってしまった。