陸章 毛花売りの少女

ラフレシアさん事件簿

一時、立て続けに演劇関係者等、全くマジックに関係のない方面から毛花についての問い合わせを受けたことがあった。が、根本的に用途が異なるから、相手がどんな風に毛花を使いたいのかさっぱり伝わってこなくて大いに当惑した(しかし相手は具体的に伝えたと思い込んでいる)。

例えば、映画の撮影所からこんな問い合わせが。

「映画大奥の台本の中で刀を抜いたら花が出るみたいなト書きがあるのですが、良い方法や材料を教えて頂くことがもし出来ればと思いメールしました。」

これだけでは刀の鞘の方に花が咲くのか、刀の方に花がついているのか、あるいは全く別の場所に花が現れるのか、具体的なイメージがさっぱり掴めない。何をどうアドバイスしたらいいのやら。なので、もう少し詳しく状況を知らせるように返信したのだが、以降何の連絡もない。ヨソの業者に相談して解決したのか、「花を出す」は諦めたのか。どっちでもいいが、こっちはマトモに応対しているのだから「解決したからもういい」くらいのことは知らせて頂きたいものだ。て言うか、「大奥」で刀を抜いたら花?そんなギャグみたいな場面があるんですか?

また、コドモ用芝居の中で「花が咲く」場面に毛花を使いたい、と言ってきた舞台製作者がいた。で、一輪で直径三十~四十センチくらいの花を作れとか、ワケわかんないことを言ってくるのだ。何処にそんなデカい花があるんだよ。ラフレシアですか?まー遠方からでもよく見えるようにって事だろうけれど、普通、マジックではそんな大きな毛花は使わない。材料も作り方も普段のものとはまるで異質なので、この件では結構苦労した。それ以前に、この依頼主がマジシャンのお客さんに負けず劣らず間抜けな質問を連発する人で、参った参った。

まず、そのラフレシアさん、メールじゃ話が伝わり難いので電話番号と担当者名を教えてくれとメールに書いてきた。担当者つっても我が工房の従業員は筆者一人のみである。「個人宅です」と断りを入れた上で、筆者の本名と電話番号を教えた。で、先方から電話がかかってくる。話し方の様子から、こちらではラフレシアさんだとすぐにわかったのだが、あろうことか、先方はこうのたまうのだ。

「佐藤さんはいらっしゃいますか?」

は?ダレです?佐藤って?

筆者の本名は佐藤ではない。初っ端から不愉快な出だしだったので、つい白々しく「ウチには佐藤という者はおりませんが」と冷たく言い放ってしまった。個人宅に電話をかけるのに相手の名前を間違って覚えているナゾ実に失礼な話であるし、また、会社等が相手だとしても、今後仕事を依頼していくのに余り好ましいことでもなかろう。

話を聞いてみると、そんなに複雑な内容の依頼でもなく、メールで済みそうなものだった。文章書くのが苦手なんだろーかね?

で、筆者の方では相手の希望を鑑みて、作れそうな形状の毛花のアイデアを提案すべく、詳細に書き綴ってメールで送った。ご丁寧に番号を振った写真と、ネタ部分の構造の図面を添付して。

ところが。

ラフレシアさんはこのメールに対してまたまた電話で問い合わせをしてきた。確かに、電話の方が一度に用件が片付くって事もあるかもしれんが。電話の方が得意な人はそれでいいのよ。ホント、それでいいのよ。だからココまでは別に良かったのだが。

筆者はメールの冒頭に「以下の説明をお読みになりながら、添付した写真をご参照ください」と書いておいた。そして説明文には「写真1」「写真2」と、参照するべき写真の番号を明記し、ファイル名には単純に数字を振っておいた。「1」「2」という風に。そしたらば。この人ったら、こんなことを訊くのだ。

「『写真1』というのは、添付ファイルの写真の1のことですか?」

え~っと、他になんか紛らわしいファイルでも付けましたかね?アタシ?「写真1」に対応するのは「1」だって、フツーに考えてオクレよ。それに、説明文には事細かに写真の内容まで付記してある。仮にファイル名が紛らわしいものだったとしても、対照してわかりそうなものである。わざわざ確認する程のことではない。それともナニ、この方に対しては、ファイル名にまできっちり「写真」という文字も入れて差し上げなきゃならないのだろうか?

この人、文章を書くことどころか、情報整理能力までもが根本的に希薄なのかねぇ…。だからお電話を連発してくるのかもしれない。

さて、ラフレシアさんから業務発注のお伺いがあったのは一月初旬のことだった。その時点では「二月中旬」までに「十本程」納品するように言われた。一ヵ月以上あったし、当時はヒマだったので、「ご希望に添えるハズです」とお返事差し上げた。少なくともその時すぐに色や本数などの注文詳細が知らせられれば、それは間違いなく遂行されるハズであった。

ところが。

いつまでたっても返事がない。この件の品物は特注品であり、普段とは違う材料を用意しなければならない。材料発注の期間も含めると、そろそろタイムリミットだろうよ、と思っていたところ、一月も半ばを過ぎてようやく連絡があった。しかも具体的な注文内容を知らせるものではなく、「二月の二十日頃に手元に届くようにするには発注リミットはいつでしょうか?」とゆーものだった。何を悠長なことを…。ラフレシアさん自身は知る由もなかろうが、こちらはどういうワケか急激に他の仕事が舞い込んでおり、既に一月初旬とは大きく状況が異なっていた。溜まりまくった仕事を抱え、これらを期日までにこなすべく、日々調整を繰り返していたのだ。原則として「具体的な発注を受けた順」に仕事を片付けていくので、未だ詳細が知らされていないラフレシアさんの注文は、他の仕事の後に回さざるを得ない。して「かくかくしかじかで一月初旬とは状況が違うので、期日までに商品が欲しくば、すぐにでも注文詳細を知らせよ」と伝えた。

そこへ。

「十五本、十五日頃までにお願いします」ときた。

オイ。何を五本も、そして五日もサバ読んでんだ?

千本が千五本になるならダレも文句は言わん。しかし十本が十五本とは…一・五倍に劇増えしておるではないか!何気に期日も五日前倒し?

ラフレシアさんのご注文品は一日に作れてせいぜい三本までである。即ち五本増えたら納期は二日延びる勘定である。そしてラフレシアさんがウカウカしている間にこちらが抱え込んだ仕事でスケジュールはぎっしり埋まっている!そこにアバウトな発言で更に追い討ちをかけようとおっしゃるのか?

恐るべし、ラフレシアさん…。単に天然ボケな気もするが。