陸章 毛花売りの少女

今の全部で幾ら?

マジック用品店では、いろいろな道具を組み合わせて作り上げた「手順」を販売していることがある。一連の手順の中で使う道具が全てセットになっており、手順と道具の扱いを逐一説明した解説書またはDVDが付いている。いわば「パック旅行」みたいなものか。取り敢えず、解説通りに手足を動かす能力があれば手品っぽいことをやっているように見えなくもない。ガイドさんについて回って旅行したような気分になれるのとよく似ている。こういった商品は個々の道具をバラバラに買うよりはお得な価格になっているが、多数の商品が一度に売れるワケだから、結局売上に貢献することになる。

筆者がまだ毛花売りを始める大分前に、とある業者さんが「パック旅行」の新商品を筆者の目の前で演じて見せて「これどう?いいでしょ?」とおっしゃった事があった。が。旅行もマジックもパックものにはまるで興味がない筆者は、「つまんねー、自分なら絶対やらないし、買わない」と思っただけであった。お客さんってのはこういうオールインワンのものを喜ぶんだ、とその方は力説したが、「ふ~ん、商売ってそんなものなのね」と感心するでもなく思っただけである。その商品が実際に売れ筋になったのかどうかは知らない。が、この時の彼の主張は正しかった。

初めの頃、筆者はセット商品や解説DVDナゾの商品は全く用意していなかった。筆者の扱っている毛花は、商品自体には大した仕掛けがなく、仕込む処や取り出し方を工夫して使って頂く、というごくごく基本的な道具なのだ。筆者自身、そういう応用範囲の広い道具が好きだし、それらを使って工夫をするのも楽しいと思う。ところが!一般消費者は違うのだ。「これどうやって使うの」「何処に仕込むの」「どうやって出すの」と、マジシャンにあるまじき(と筆者が思う)質問を浴びせかけるのだ!

そんなこと自分で考えろ!

そういう状況にパニクってる筆者に、別の業者さんが耳打ちする。

「ハードじゃなくてソフトを売らなきゃ」

マジックのイベント会場では、ブースの商品を実演して紹介するディーラーショーという場が設けられる事が多いのだが、そこで時間を割当てて頂いた筆者は、仕方なく、自分とこの商品を使って行う手順(いわゆるソフトだね)の一例を実演して見せた。すると。そこで使った商品だけが売れまくるんだよぉぉぉ!当たり前と言えば当たり前かもしれないが、怖い現実だよぉぉぉ!しかもお客さんたち、ブースに押し寄せて逐一やり方(いわゆるソフトだね)を訊ねてくるよぉぉぉ!頼むから見ただけでおおよそ理解して、後は自分で考えてくれっ!て言うか、何もそっくり同じにマネしなくても、自分のオリジナルアイデアで演じればいいじゃないかっ!

しかし筆者もより多くの糧を得るために「商売」をする必要はある。ある時、遂に道具の使い方を解説した「レクチャーノート」を書いて売り場に並べてみた。更にはもう少し長めのデモ用の手順を組み立てたり。はたまた学生の頃に考案した、大きな花を取り出せるネタ場の復刻版を作ってみたり。そんなこんなで、リニューアル・ロングバージョン・デモをやったところ、こんなオバさんが現れた。

「さっきの手順、セットで幾ら?」

あ、パック旅行ですか?創意工夫もなく、丸ごとコピーするんですか?売り物だから勿論それは構わないんですけど…し、しまった、そこまで人々がこの手順を気に入ってくれるとは思ってもいなかったものだから、て言うか、丸ごとパクリたいという、まさかそんな酷い怠け者がいるとも思っていなかったものだから、「パック旅行」、ご用意してないよ~!全部で幾らになるのかも知らないよ~!

因みに、たった二分足らずの手順で道具代総額七万円程かかることが判明した。後にこれらの手順解説を収録したDVDを作製し、それに基づいた「パック旅行」の商品化も敢行し、バカ売れと言う程ではないものの、消費者にはそこそこの好評を得ている今日この頃である。