伍章 外国でも七転八倒

英語がヘタなのは日本人だけ?

外国へ行くと、しばしば日本人だと思ってもらえないことがある。旅行者らしからぬふてぶてしい態度もその要因かと思われるが、理由は他にもある。

タイのマッサージ屋のオバさんに、何処から来たの?と訊かれたので「じゃぱん」と、答えると、「ああ~~~そうなの~~~?でも英語が上手ね」と言われた。というオバさんの英語は、日本人をバカに出来ない程怪しかったのだが。

通りすがりに時間を訊ねてきた東洋人のおネエちゃんには いきなり「アナタは韓国人?」と訊かれた。違う、と答えると、「じゃあ台湾人?」ときた。なんかマイナーなセレクトだがおネエちゃん自身が台湾人なのかもしれない。で、違う、と答えると、「じゃあどっから来たの?」と言うので、「じゃぱん」と答えると。

「ああ~~~そうなの~~~~?でも英語上手じゃない!」

でも、ってナニさ、でもって。

彼女は続けて、単語をつぎはぎした滅茶苦茶な日本語で文章らしきものをこさえ、筆者と日本語でコミュニケーションを取ろうとしたが、洒落にならないくらい文章になっていなかったので、何を言いたいのかさっぱりわからなかった。えっと、わからないんですけど?と言うと、筆者のことを日系人か何かで、日本語が得意ではない「日本人」と思い込んだようなことを口走った(そんなアホな)。

違うってば。

じゃあなんでワタシの日本語がわからないのか?と訊くので、仕方なく、「キミの話す日本語が間違っているからだと思う」と教えてあげた。ヤレヤレ。日本人の英語がヘタだと思っている事実を匂わすようなことを言っておいて、この有様だよ…。

駄目押しに、土砂降りの中帰ってきたところへ傘をさしかけてくれた親切な宿のおニイちゃん、やはり「どこから来たの?」と訊くので、「じゃぱん」と答えると、「中国人かと思ったよ。だって英語が上手いもの」ときた。

日本人は余程英語がヘタだと世界では思われているらしい…

確かに、日本人の話す英語には時に著しい日本語訛り(子音のみの発音に母音をくっつける、アクセントの位置がおかしい、あるいは平板過ぎる等)があり、ネイティブにも他の外国人にも「日本人は英語がヘタ」と思わせる原因となっているようだ。だけど、何も英語がヘタなのは日本人だけではないのだよ!何故日本人だけがこうも槍玉に挙げられるのかな?筆者が日本人だから、敢えてそういう発言を耳にするのだろうか?イヤ、単なる憶測だが、韓国人が「韓国人ってフツー英語がヘタだけど」フランス人が「フランス人ってフツー英語がヘタだけど」とは言われていないような気がする。どうだろう?彼らの中にだって、「フツーに英語がヘタな日本人並みに英語がヘタ」な人はいっぱいいるぞ!発音も酷い!

事実として、筆者が出会ったことのある英語がヘタな日本人以外の人々を挙げてみよう。まず、ストックホルム発クアラ・ルンプール行きの飛行機の中で会った東洋人のオバさん。荷物を上げるのを手伝ってあげたら、何処に行くの?ナニ人?とか訊いてきた。日本人で、マレーシア経由で日本に帰るところだ、と話すと、またしても「英語が上手ね」発言だ。が、かく言うオバさんも決して英語が上手かった訳ではない。訊けばオバさん、ニューヨーク在住三十年だそうな。その割には…。

トランジットで寄ったマレーシアでも、決して皆さん英語が無茶苦茶上手い訳ではなかった。空港職員ですら、きっつーい訛りがあって、かなり聴き取りづらかった。街のインターネットカフェでこんなことがあった。用事が済んでお金を払おうとすると、受付のおネエちゃん「Did you bring?」と言う。

は?持ってきたって?何を?つーか、他動詞なのに目的語がないんですけど。

さっぱりわからないので何度も聞き返し、ようやく「何か印刷したか」と聞いているのだとわかった。マレー語も韓国語等と同じく、口の形だけ残して語尾の子音を発音しない傾向があるので、「print」の「t」の音が全く聞こえなかったのだ。

面白いのは韓国人で、「日本人は英語がヘタ」というだけでなく、どういうワケか「韓国人の方が日本人より英語が上手い」と信じ込んでいる人が多い。しかし韓国人も英語がヘタな人はとことんヘタで、一言も発せないのは若い人でもゴマンといる。大学生等からのメールの文章は「これで本当に高等教育を受けたことがあるのだろうか」と疑いたくなる程文法的に支離滅裂だったりすることもある。また、ある程度話せても発音が酷い人は結構酷い。勿論エラい優秀な人もいるけれど、それは別に出身国に拠る話ではない。

確かに、インド・ヨーロッパ語族の人はやる気になれば我々アジア人より上達しやすい。また、国の教育方針によって、やる気になる素地が出来やすくなっており、若者は一様に英語を話せるという国もあるワケだが、しかし、やる気も興味もなければいずれの国の人も如何とも上達したりはしないのだ!

韓国ではTOEICのスコアが高いと就職に有利だそうで、筆者の知り合いの韓国人学生は皆ひぃひぃ苦しんで勉強しているようだが、かと言って英会話が自由に出来るかというとそうでもない。TOEICだって所詮受験勉強だからね。近々ヒアリングとスピーキングも試験項目になるそうだけど、果たして、スコアと実力が比例するようになるのだろうか?

筆者の場合、発音はまぁまぁマシな方だと思うが(それゆえ英語が上手いと勘違いされるのだ)語彙は乏しいし、文法知識も怪しい。少なくとも旅先で困らない程度の会話力はあるし、正確かどうかはともかく意思疎通を無理なく図れる程度のビジネスメールも書ける。でもこの程度のことは英語の得意なドイツ人あたりでは当たり前のことだし、上手いと言う程のレベルではない。ネイティブでない人たちとの会話や、一対一での会話なら何とかなるが英語のビジネス畑へエイッと放り込まれたら、ひとたまりもないだろう。

しかし、少なくとも「英語が苦手」と思って萎縮している人より優れている点は、「ナンとかすればナンとかなる」と思い込んでおり、会話の相手が誰であろうと「英語がヘタでゴメンね」とは決して言わないこと。て言うか、「ネイティブでないんだから出来なくて当たり前じゃん」と開き直っているあたりだろうか。こちとら誠意を込めて外国語で対話をしようと試みているのだから、何も謝る事などないのである!とりわけ英語しか話せないようなネイティブに対しては「アンタらが日本語を話せないからこっちが英語で対応してやってんだよ!!!」くらいの気持ちでいたっていいのだ!

英語で話す時はとにかく思いついたことをよどみなく喋り続ける。間違っていようとお構いなく。間違いに気付いてもお構いなく。相手が言い咎めることなど殆どなく、小さなミスならそのまま聞き流しつつ、意を汲み取ってくれる人が大半だ。同じような方針で話している「英語の上手そうなネイティブでないガイジン」は結構多く、ガイジンの誰も彼もが完璧な英語を話しているというワケではない。皆、結構テキトーな英語を話しているよ?ラテン系の人は、フランス人を始め訛りも酷い!ボキャブラリーだって怪しい。

英語の上手いドイツ人だって、スゴく基本的な単語を知らなかったりする。あるドイツ人に「ねえ、これ、英語でなんていうんだっけ?ほら、ココ、ココ」と、手の甲に突き出た関節を指しながら言われた。

「えっと、bone(骨)?」
「そうそう!」

どうも、近所の博物館にある恐竜の化石の話をしたかったらしい。その場合は「fossil 」の方が適切だけど。