伍章 外国でも七転八倒

韓国人のおもてなし

韓国では近年、急激にマジック熱に沸いている。初めて韓国人の友人が出来た1990年代後半には、韓国人に「マジックをやっている」と言っても「なんのことやら」という顔をされるのがオチだった。その頃、韓国でよく知られた職業マジシャンというものは殆ど存在しなかったらしい。ところが、とある若手マジシャンが日本で開催されたコンテストで優勝したのをきっかけに国内外で大活躍し始めたことから、一躍マジックがポピュラーになった。今では韓国若手マジシャンは破竹の勢いに乗っている。

そんな韓国で、2006年夏、第一回国際マジックフェスティバルが開催された。場所はソウルより更に日本に近い釜山。交通費が安いためなのか、やけに多くの日本人パフォーマーが招待されており、筆者もそのうちの一人だった。

さて、フェスティバル開催中のある晩、日本人の仲間から「地元の韓国人が夕食に誘ってくれたから一緒に行かない?」と声をかけられ、その日のシゴトを終えた午後十一時近くになって、刺身を食べに繰り出すこととなった。車で迎えに来てくれたその韓国人は、なんと後輩Nと共にソウルへ行った時、「キミたち韓国人顔だねー」とほざいたコメディアンだった!彼はもともと釜山の出身なのだそうだ。そして、彼はまたしても何くれとなく我々全員に世話を焼きまくり、夜を徹して散々連れ回してくださった。

最初に連れて行かれた刺身店は、夜半だというのに未だ大勢の人出がある海岸近く。道路のど真ん中に車を停め、店のオバさんにキーを渡す。後ろから車が来ているのにいいのか?高級料理店でもないのに、なんともフシギなシステムだ。なんとなくひなびた建物の中にあったその店の名は、ズバリ、韓国語で「ホントに良い刺身店」。テレビ東京が取材に来たことがあるらしく、入口にデカデカと書き記されていた。

店の奥へ通されるや否や、テーブルに次々と小皿が並べられた。ご存知、韓国の食堂で出される無料の突き出しである。「これはみ~んなタダ!日本では一個一個お金を払うんでしょ?イヤだね!」と、コメディアンはこの店にいる間に二十回くらいは言っただろうか。よくもコレで採算が合うものだと思うのだが、この店で実際に代金を払ったのは刺身代だけだったとか。因みに韓国の慣習に従って、この晩の支払いは全てホストであるコメディアン一人でしてくれたのだが(初めから「僕が払うからね!」と高らかに宣言)、こういう恩のある韓国人(+その弟子や後輩)が大挙して日本に押し寄せると、そのツケが回ってきて大変なのだとか。と、同席していた方がぼやいていた。そりゃね、日本の方が物価が高いし。

このコメディアン、簡単な日本語はわかるらしいが、会話が出来るレベルでもないようだった。英語の方も、ちょっと怪しい。対する日本勢も余り英語が達者ではなく、似たようなレベル同士でそれとな~く会話は弾んでいたようである。このグループの中では割合すんなり英会話が出来る筆者ともう一人の女性も、ヘンに流暢に会話に割込んでは場の流れを乱す、と読んで、英会話に関しては、極力静観を決め込んだ。

で、このコメディアン、いわずもがな割合気が利く方で(韓国の男性は日本の男性に比べると、客人に対して結構気を使ってくれる)「僕は日本語はよくわからないけど、遠慮せずに日本語で会話してくれていいから!」と進言する。日本人の方はそれを聞くまでもなく、遠慮もへったくれもなく、日本語会話を炸裂。しかし、さすがはコメディアン、わからなくてもなんでも、とにかく会話に入ってこようと、しょっちゅう茶々を入れてくる!スゴいバイタリティだ!

さて、筆者としては(多分他の人も)今夜の晩餐はこの刺身屋だけ、と思っていたのだが、コメディアンの頭の中では既にしっかりとプランが練られていた。「お帰りは明け方コース」である。

次に連れて行かれたのは、有名な観光地、ヘウンデ・ビーチ。パラダイスホテル地下のピアノバーに行くと言うのだが、実はこれは彼の勘違いで、実際はその隣のマリオットホテルの方だった。で、ホテルの駐車場に入っていくも、なんだか車がフラフラ揺れて、運転が怪しい。て言うか、彼は刺身屋で酒を飲んでいたぞ!「そう言えば飲んでたじゃん!」と言っても、「へっへっへっ~~~」と本人は全く気にしていない様子。いいのか!?

ここでカクテルを一杯ずつご馳走になる(コメディアンは一応ロー・アルコール飲料。ノン・アルコールにしろよ…)。一緒にフルーツの盛り合わせも頼んだのだが、なんだか、韓国のおつまみ系ってゴージャスなのだ!それなりの値段はするが、大きな皿にてんこ盛りのフルーツ!刺身と韓国料理で一杯になった腹には収まりきりません!

次は、腹ごなし、なのかナンなのか、歩いてすぐのビーチに連れて行かれる。夜中過ぎだというのに海岸はスゴい人出だ!少し前まで夜間外出禁止令の出ていた国とは思えない程、韓国人は宵っ張りの夜遊び好き。しかし、この頃から一番年配の方が疲れたようなご様子を見せ始めた。我々女性陣はサンダルを脱いで海水に足を浸し、結構この状況を楽しんでいたが。また、コメディアンのけしかけに乗って、我々より少し歳上の男性が、矢庭にトランプを取り出して、女子大生を相手にストリートマジックを始める!すると、あっという間に黒山の人だかり!「娯楽がない国ナンだわ」と、お疲れのご様子の大先輩は皮肉っぽくおっしゃる。腹立ち紛れの?愚痴なのだろうか?

さて、コメディアンの頭の中にはもう一つプランが残っていた。海岸の夜景を一望に見渡せる(ハズの)高台の喫茶店でお茶をする、というモノである。疲れたご様子の大先輩に「どうしますか?」と一応訊ねるものの、コメディアン自身は行く気満々である!韓国では年長者の意見が優遇されるため、ここで一言「帰りたい」と言えば帰れるハズなのだが、断っちゃ悪いと思ったのかナンなのか、「皆に任せるわ」と大先輩は日和って見せる。

ビーチからホテルの駐車場に戻る際、初めの間違いを引きずって、パラダイスホテルの方に入り込んでしまうという一幕も。ただただコメディアンの後に続く我々は、誰もそのことに気付かなかった。フロントでコメディアンがピアノバーのレシートを見せて無料駐車券をせしめようとするも、何やらひと悶着交えている様子。そりゃそうだわな、そのレシートを発行したピアノバー、このホテルには存在しないんだもの。

さて、車で丘をぐんぐん登ってお洒落な喫茶店に着くも、木が生い茂っているためか、夜だからなのか、イマイチ眺望は望めず(因みにコーヒーも余り美味しくない。韓国のコーヒーは何故か激甘仕様なので、ブラックで飲むと殊更不味い。ひょっとするとインスタントかも)。そのことにエラく罪悪感を感じたのかナンなのか、コメディアン、よせばいいのに、もっと景色の良い所はないのかと店の人に訊ねる。すると、ここから五分程車で行った所に展望台があるとのこと。お茶を飲み終わったらそこへ案内しようと思うけど、どうだろう?と一応筆者に訊いてきたものの、コメディアンの心は既に決まっている。筆者が「疲れている人もいるからこのまま帰った方がいい」と進言しても、「たった五分行くだけだから大丈夫だよ!」と行く気満々である。

だったら訊くなよ…

とにかく、彼は彼の思った通りのことをお客様に「してあげたい」のだ。これは彼ら韓国人なりの一種の親切で、それを知った上でされるがままに連れ回されるのも時に楽しくはあるのだけど、これを押し付けがましい、度を過ぎていると感じる日本人もいるワケだ。先にも述べたように「帰りたい」と強く明言すればいいのだけど、奥ゆかしい日本人はつい「悪いかな」と思って口に出せなかったりする。

少なくとも、コレは日本に於いては「おもてなし」とは呼べないわな…

なんだかんだで、ホテルに帰って床に就いたのは朝の四時。

んで。

翌日、フェスティバル会場で仕事をしている筆者の所に件のコメディアンがやって来て「昨日は楽しかったね!」とニコニコとおっしゃった。なんでも、彼は昼過ぎまで寝ていたとかー。

確かに、楽しくはあった。でも、朝から仕事があった筆者にはちょっと辛かった…。翌日の晩は、筆者は一人でのんびりサウナに行ったのだけど、一番疲れていた大先輩は、翌日も別の韓国人に連れ回され、やはり明け方近くに帰っていらっしゃったそうだ。

因みにこのコメディアン、決して悪い人ではない。むしろ裏表がなくてわかりやすい善人であるとは思う。