伍章 外国でも七転八倒

韓国人はサインがお好き

韓国人は「有名人」からサインをもらうのが好きらしい。言うなれば、日本人よりあからさまに「みいはあ」である。

筆者は外国人ゲストとして釜山のマジックフェスティバルへ行ったワケだが、会場内を、うっかりウロウロしていると、あっという間に若者に取り囲まれ、写真とサインをせがまれ、十分は動けない状態になった。急いでいる時は大いに困った。

でも、なんだか彼らは「サイン集め」が趣味なだけで、「有名そうな人」からサインをもらえればそれでいいって感じなのだ。ある日、会場へ荷物を運ぶのを手伝ってくれた若者は、筆者の通訳さんに「この人誰?」とか聞いていたくせに(筆者は微妙に韓国語がわかる)、その直後に、取り敢えず有名そうな人だからもらっとこ、という感じでサインを求められた。

筆者は毛花を販売するブースも出していたのだが、そこにも気付くといつの間にやら大勢の人だかりが。しかし、彼らの目的はもっぱら写真とサイン。

毛花買ってよ。

つーか、せめて商品を見ているお客さんの邪魔にならない位置にいなさいよ。

ところで、六日間のフェスティバルの間、毎晩異なるプログラムのマジックショーがあったのだが、各自に渡されたスケジュールを見ると、ショーの後に「fan meeting」なるものが設定されている。ナニコレ?な~んと、「ファン」のためのサイン会!

ひぃぃぃぃぃぃ!アタシ達は芸能人ですか?

出演者全員の席が用意されたテーブルには、各自のネームプレートと、サインペンが一本と、喉が渇いた時用の水入りペットボトル一本がそれぞれ置かれていた。たった三十分程度のことなのに、水まで!そして夜も遅いというのにこのテーブルの前には長蛇の列が。ご丁寧に大会側がサイン用の紙まで用意しており、そういう紙やパンフレットを持って辛抱強く待つ人々。中には小さな子供もいた。

とにかく行列をさばききらなければならないので、ひたすら黙々と「名前」を書き続ける。ホレ、ホントの芸能人と違って、筆者なんかむしろフツーの人なので、カッコいいサインなんか用意していないのだよ。余りにも芸がないので、会場で取り囲まれた時なんかは相手の名前を訊ね、ハングルで「○○さんへ」と書いたりもしたのだが、「fan meeting」ではその余裕もない。

こんな様子に辟易した筆者は、通訳の方に「韓国人はサインや写真が好きですね」と呟いたら、「え?日本でもそうですよね?」と返ってきた。イヤ、誰もが知っているような芸能人ならそうですけど。――韓国ではマジックの歴史が新しいだけあって、どうも他の国とはノリが異なる。

こんなこともあった。ショーに出番があった翌日、会場に入った途端、一般人っぽい知らないオジさんにイキナリ大きな花束を渡された。え?アタシに?何かの間違いでは?一応受け取りはしたものの、オジさんは韓国語しか話せないためか何も言わないし、何処の誰がどういう意図で誰に宛ててくださったモノなのかサッパリわからない。この時の様子を見ていた知人が「きっとアナタのファンなのよ~」とおっしゃったものの、日本でも他の国でも、前日に一回見たきりのパフォーマーに対してイキナリ巨大な花束贈呈は有り得ない。未だに「何かの間違い・勘違い・人違い」と疑っているのだが、どうなのだろう?もしくは韓国ではこういうことも「アリ」なのか、とも思ったり。ホレ、この国の人々は、恋人同士が付き合って百日記念とかで花束を贈るなど、小さな区切りにいちいちイベントごとを好むらしいから。

また、こんなこともあった。フェスティバルが終わった後、大会側が外国人ゲストのために釜山観光ツアーを用意してくれたのだが、それに同行したスタッフのカメラマン君、実は三年前にソウル公演をした時から筆者のファンでいてくれたそうで、ツアーの際中はなんだかエラい気を使いまくってくれた。暑くて歩き回るのも疲れるから、建物の石段に座って休んでいると、なんと新品のハンカチを持ち出して「コレを敷いて座ってください!」と申し出る。い、いいってば!そんな汚れて困る服でもないし!

同じ日に、もう一人のスタッフの方も一緒にファストフード店でカキ氷(パッピンスという、夏のデザート。コーンフレークと小豆がかかっている。小豆氷の意。)を食べた。そのスタッフの方、心の底から感無量な様子で「アナタとご一緒にパッピンスを食べられて光栄です」だって!実に超有名人と同席出来たかのような感激振りを示していたのだ。まるでヨン様に出会った日本人のオバさん…?

アタシ、そんな感激される程の人でもないんですけど…

筆者が思うに、韓国の方々はとかく「思い込みが激しい」のではないだろうか。我々外国人ゲストは「外国から我が国に招待されてやって来たくらいだからスゴく有名なマジシャンに違いない」と思い込まれていていたようなのだが、実のところ、招待されていたマジシャンの多くは本国では全国的に有名なワケでもない。せいぜいマジック愛好家の間でよく知られているくらいのものである。常日頃テレビに出ているワケでもないので、一般人が知る由もない。

そんな韓国人の「思い込み」パワーを如実に示す一例が。先にも述べた、韓国に今のマジック人気をもたらした若手マジシャン。彼が日本の小さなコンテストで優勝したことが全国紙で大々的に取り上げられたそうだ。

が。

その実、その日本のコンテストはマニアの間では有名だが、一般的には全くマイナーなイベント。日本だったら(多分他の国でも)新聞に載るような話ではなかったのだが、韓国の人々にとっては、韓国人のマジシャンが海外で成した初の快挙!そのコンテストがマイナーだろうがナンだろうが、海外で成功したことがとにかく誇りであり、大々的に報道する価値のあることだったのだろう。報道側ですらこのように考えてしまうなら、その記事を読んだ一般人は、ほー、スゴいことに違いない、と思い込んでしまうのも道理。そんな周囲の思い込みにも後押しされてか、今や彼は押しも押されもせぬ大スターなのだ。以前マジックと聞いて「なんのことやら」という顔をした筆者の友人の韓国人も、今では韓国の代表的なマジシャンとして彼の名前を挙げる事が出来る。

時にそういう「思い込み」のパワーが人生を左右するのなら、おとなしくそれに乗っかって本人がその気になるのも一つの手かもしれない。正のスパイラルが発生して一気に成功の一途をたどれるかも?まさに韓国マジック界がその道筋をたどっているではないか。釜山のフェスティバルはマジシャンの働きかけで行政が主体となって開催したもの。日本ではなかなか実現しなさそうなハナシで、羨ましい限りである。