伍章 外国でも七転八倒

釜山の女子大生、スターマジシャンに会う

ヘイリ芸術村で一緒になった二人連れは、釜山から来た女子大生。冬休み、ソウルにいる姉を訪ねてやって来ていた。建築学科の学生さんだそうで、芸術村へは勿論、建物を見るためにやって来た。実を言うと、ヘイリはソウルの人にさえ知名度がなく、ソウルの知人の誰に訊いても知らないと言われた。しかし建築やアート関係者には知られている場所だそうだ。

我々をお茶に誘って引き合わせてくれた警備員のオジさんは、我々を送り出す時、一人で見て回るなんてせずに、一緒に行きな、と薦めてきた。どちらかというと、こういう所はマイペースで回りたかったのだが、成り行き上、なんとなく彼女らと一緒に行動する事になってしまった。

釜山の女子大生と、単独行の日本人。なんとも奇妙な組み合わせ。しかも、彼女らは日本語は勿論知らないし、英語も甚だ苦手なよう。言っている事はわかるようだが、話せない。一方、筆者の韓国語は、限定的な内容を話す事は出来るが、何分語彙が少ないので、知らない単語を使われると、理解出来ない。して、彼女らは筆者の言いたい事は大体わかるが、彼女らが複雑な事を伝えようとするとまるで伝わらない。韓国へ来て、ロクに韓国語も喋れずに一人歩きしている筆者の方に責任があると、敢えて言うなら言えなくもないのだが、筆者が彼女らの言う事を理解しない度に、何故だか彼女らの方が済まなさそうな顔をする。「英語をもっと勉強しとけば良かった」って事なのだろうか?

そんな状況だったにもかかわらず、彼女らは筆者のことをオンニ(お姉さん)、オンニ、と慕ってくれて、撮影ポイントらしき所で写真を撮ってくれたり、ハテは彼らの大事なランチの海苔巻きを分けてくれたり、本当に良い子達だった。

彼女らはまだ暫くソウルにいるようだったので、良かったら一緒にマジックショーを見に行かないかと誘ってみた。時間があったらまたおいで、と言われていた例のマジックショーである。件のマジシャンは有名人だから、彼女らもテレビで見た事はあったらしい。本物を見るのは初めて、と、嬉しそうに頷いた。

さて、二日後、劇場の入口で我々は再会した。チケット面に書かれたVIPの文字に彼女らは浮かれまくる。また、普段はおとなしい彼女らも、韓国人なだけあって、ショーの最中はノリまくり。ひゅーひゅーと歓声を上げ、非常に楽しそうな様子だった。ショーが終わってからも興奮冷めやらぬ様子。もし、マジシャン本人に会えたらもっと喜ぶだろうなぁ、と思い、チケットを手配してくれた女性に会えないかどうか訊いてみた。すると彼女、我々を受付脇のVIPルームへ案内してくれる。彼が来るよ、と彼女達に言うと、え!ほんと!写真撮っていい?と、目を輝かせる。そうだよなー、日本で言えばジャニーズのタレントと会うようなものか。冬ソナ好きのオバさんがヨン様と会うようなものかもしれない。頭ではわかっていても、筆者にとって彼が有名人だという意識は余りないので今ひとつピンと来ないのだけど。

そう言えば、彼の所属する事務所の社長はヨン様とは旧知の間柄だそうだ。最近はヨン様が異様に忙しくなってしまい、ずっと会えないでいるらしい。また、マジシャンの彼も日本でも人気のあるウォン・ビンやカン・ドンウォンという若手俳優と仲がいいらしい。そりゃ、芸能人同士なのだから、交流があっても不思議じゃない。幾ら国が違うとはいえ、日本では有名でもなんでもない筆者が、そんな有名人の一人とお友達のように口を聞いてしまっているのがなんだか不思議だ。

暫くすると、彼がやって来た。一緒に写真を撮った後で、女子大生と筆者が一体どういう知り合いなのか、彼が訊いた。一昨日ヘイリで出会ったのだ、と彼女らが説明すると、うへぇ、君達、この人の事知ってる?すんごい有名なマジシャンなんだぜ、と、筆者を指して彼女らに大嘘を吹き込んだ。オイオイ…。

後日、彼女らのうちの一人からお礼のメールが届いた。メールなら韓国語で書いてくれれば大丈夫よ、と言ったのに、なんだか頑張ったような英語でこんな事が書かれていた。

「あなたが有名なマジシャンだとは知りませんでした。」

だから違うって言ったじゃ~ん。

いずれにしろ、マジックショーの事は彼女らにとって大変良い思い出になったようだ。これで彼女らの親切に報いられたのならそれは嬉しい事だし、我々三人分のチケットを手配してくれ、更には忙しいマジシャンに引き合わせてくれた女性スタッフ、そして忙しい時間を割いて来てくれたマジシャン本人にも感謝したい。

また、後に女子大生二人の地元で開かれた釜山のフェスティバルでも彼女たちに再会し、筆者自身が出演するショーに招待する事が出来た。