伍章 外国でも七転八倒

サッカー祭りに捲き込まれる

ところでミュンヘンのマジックショーは、よりによって世界サッカー祭りの開催時期に重なっていた。残念ながらサッカーには全く興味がないので嬉しくともなんともなかったのだが、それどころか大いに迷惑を被ってしまった。

まず、ドイツ行きの足を押さえるのに一苦労。なかなか安いものが見つからず、この先安いのは出るかしら?と訊ねると、「何分ワールドカップがありますから、更に値上がりする可能性がありますよぉぉぉ!」と旅行代理店に脅され、青息吐息。幸い、別のシゴトとハシゴする事が決まり、祭りの始まる二週間前にオーストリアから入る運びとなったため、この件に関しての余計な出費は抑えられたのだが。

次は現地での宿である。シゴトの期間中は雇い主がホテルを取ってくれたのだが、その前後に私用で滞在することにしていた。筆者の旅行は行き当たりばったりが基本。現地に赴いて電話か飛び込みで宿を押さえ、その土地が気に入ればずるずる居座り、気に入らなきゃ出て行く。が、サッカー祭りのさなか、そうも言っていられない。取り敢えず日本から予約を入れようとしたのだが。

一ヶ月以上前だというのに!安宿、ほぼ満室!

しかもサッカー祭りにかこつけて料金が軒並み普段の三割増!

滞在予定期間の前半はなんとか予約出来たものの、後半は適当な所が見つからず、「現地でなんとかしよう」と、不安を抱えたまま旅立つ羽目になった。

また、一日だけ所用でシュトゥットガルトへ出掛けたのだが、よりによってその日がそこでの試合日。ココの宿を押さえるのも一苦労。ネットで見つけた情報をドイツ人の知人に渡して電話してもらい、日本を発つ前になんとか安めの宿を押さえたが、やはり料金はサイトに表示されているものより高くなっていた。

さて、シュトゥットガルトの駅に着くや、スタジアム行きの交通手段の案内がホーム中に響き渡っており、駅前から延びる歩行者天国に出ると、スイスやフランスのハタをまとった人々がキチガイのように歌い叫びながら闊歩している!まっすぐ歩いていくことさえ困難な状態!夜は夜で、所用が終わった十二時近く、宿に戻ろうとするも、歌い浮かれるブラジル人のカタマリに路上を占拠されて一歩も進めない!その上銃を携えた警官が、交差点付近に立ち並んでいて実に物々しい。車道ではドイツ国旗をはためかせた車が騒々しくクラクションを鳴らしながら暴走していく!

シュトゥットガルトに行くのは別にその日でなくても良かったのだ。きちんと試合の日程を調べてから決めれば良かった、と激しく後悔…。

翌朝、件の歩行者天国はいつもの平静さを取り戻し、果物や野菜、花の市が立っていた。地獄から天国を見た想いであった。

ドイツ滞在の最終日はフランクフルトにいたのだが、この日もまた、この街で試合があったらしい。フランクフルトに向かう電車の中では、モヒカンをフランス国旗の色に染め、サイドをサッカーボールの柄に刈り込んでいる人を見かけた。そして、街中イタリア色かと思いきや、イランのハタだった。イラン人の大群が一団となって歩行者天国を圧し進む。マイン川のど真ん中には巨大なモニターが据えられ、一日中サッカー中継。川べりも広場も人で溢れかえっていた。

ところで、これらの人々、必ずしも全員が観戦チケットを持っているワケではない。「試合会場の都市にあるモニターで試合を観戦するため」にわざわざ国内外からやって来ているようなのだ。フランクフルトを案内してくれたドイツ人の友人は「モニターで見るならウチにいても出来るのに、ワケわかんない」とぼやいていた。全くもって同感。日本人でもモニター観戦しにわざわざ会場までやって来る人はいるのかな?フランス大会の時は観戦チケットのオーバーブッキングがあったとかで、全て手配されているつもりで現地に行ったものの結局チケットが手に入らず「仕方なく」モニター観戦を強いられたという話があったから、よもや多数派ではあるまいが。

サッカー祭りの実害はコレだけではなかった。筆者がマジックショーのためにミュンヘンに到着したのは、ワールドカップ開催直前の六月初旬、着いた当時はまだ静かだった街中が、開幕が近付くにつれてだんだん騒々しくなってきた。普段から観光客でごった返す中心街の広場には、サッカーボールをデザインした巨大なステージが組まれ、ビアガーデンさながらにテーブルや椅子が並べられていった。街中のカフェやバーの入口にはことごとく「WM2006!」という貼り紙が貼られ(ドイツ語ではワールドカップは「Weltmeisterschaft」)、店内のモニターにはサッカーの試合以外映さない。普段は閑散としている公園内のビアガーデンは人で埋まり、やはり、特設巨大モニターが。街中にはドイツ色のかつらや帽子を被った人々が、時折奇声を発して駆け抜けていく…。真夜中でも大通りはクラクションの音が鳴り止まない。

まーこの週はシゴトに集中していて日中余り出歩かなかったので、シュトゥットガルトやフランクフルトと同様の「実害」があったワケではないのだが…なんと、開幕戦の日は余りに予約が少なくてショーがキャンセルされてしまったのである!タダでさえ少ない実入りが更に減ってしまうじゃないかよぉぉぉ!この事を知らされた前日の晩のショーでは薄気味悪い程観客の反応が悪く、翌日挽回しようと目論んでいた筆者は更に追い討ちをかけられた形である。収入が減る上に挽回の機会も一回減らされたのだ。「明日は一日フリーだよ!」と言われたものの、ちっとも嬉しくなんかなかったのである。

ところで、一週間のショーのうち、開幕戦の日を含む最後の二日は「WM-Special」と題されていた。開幕日はキャンセルになったので、結局最後の一日のみだったが。ナニ、主なプログラムの内容は他の日と殆ど変わらないのだが、幕間の司会がサッカーボールを使ってひとネタ披露したり、オープニングにサッカー中継のヘンなコメントの寄せ集めを流したり、エンターテイメントに徹しつつ、且つタイトル通りにショーを進行させていった。筆者の出演前にはご丁寧にも日本語のアナウンスが流されていた。ゴール直後の各国アナウンスの比較だったようなのだが、スペインのアナウンサーが「ごぉぉぉぉる!ごるごるごるごるごるごるごるぅぅぅぅぅぅ!」と、気が違ったのかと思われる程かなり興奮した口調だったのに対し、「はいりました!みぃやぁもぉとぉぉぉ!」と、日本のは至極淡白であった。

もう一つの「Special」は、観客席にサポーターの扮装をした身内が入り込んでいたこと。ショーの始まる直前にドイツ色のグッズを買い込んできて二人のスタッフに身に付けさせた。彼らは観客席からサッカー観戦よろしくステージに声援を送り、ドイツ国旗を振り、ラッパを吹き鳴らす。そして出演者が観客に手伝いを求める度に「んー!んー!」と、コドモのように手を振り回してその座を獲得しようとする。この場は当然シカトされるのだが、最後の演目で「見事に」その座を射止めるのだ。最後のネタはハンカチがタマゴに変わるというよくあるものだったのだが、舞台に呼ばれた彼は「おー!ハンカチがタマゴに変わった!スゴい!」と言い、「ホントに不思議で驚いた」演技をしながら客席に戻っていく。すると矢庭に司会者が現れて、わざとらしい程巨大なマイクを手に、「それでは今の場面をもう一度、スローモーションで見ながら解説しましょう」と喋りだすのだ。そこで出演者と観客役はそれまでの場面をスローモーな動きで再現しつつ、アナウンサー役と解説者役の二人がサッカー中継のように彼らの動きを解説していく。筆者はドイツ語は殆どわからないのだが、それでもまー彼らの動きや話の造りの可笑しいこと!

このマジックは、種明かしをすると見せかけて最後には更に不思議な結果が待っているというよく出来たトリックなのだが、それを見事にワールドカップ風にアレンジしていた。ワールドカップには痛い目を見させられた今回の出張旅行だったが、「WM-Special」公演に関しては、馬鹿馬鹿しいまでにエンターテイメントに徹したプロの仕事を見せてもらうことが出来、心の底から楽しめた。