伍章 外国でも七転八倒

韓国のマジックショー

韓国人の友人が結婚する事になり、はるばる式に参列しに行った事がある。結婚式だけだったら行かなかったかもしれないのだが、たまたま同じ時期に知り合いのマジシャンが長期公演を行っていた。

彼とは二〇〇二年の夏、アメリカのマジック・コンテストで初めて出会った。小柄で色白の男の子で、女の子と見まがうくらい可愛い顔をしている。筆者はステージ・マジック、彼はクロースアップ・マジックのカテゴリーで出場しており、幸い双方とも予選を通過した。独創的なアイデアを持ったなかなか腕の良いマジシャンで、実際、彼は韓国では結構有名らしい。

さて、ショーが始まってステージに主役の彼が登場すると、客席はまるでアイドルが出てきたかのような大盛り上がりぶり。もっとも、韓国人は非常にノリの良い人々なのだけど。この点も日本人とは大いに異なる彼らの特徴だ。筆者の隣にいた中年のご夫婦など、始終両手を振り上げて拍手喝采、オバさんの方はしつこいくらい「ぅう~!ぅう~!ぅう~!」と興奮して唸り続けていた。あり?こんなオバさんファンまでいるの?と感心したのだが、それにしても余りにも様子が変だ。で、この時、筆者の脳裏には過去のとある光景がぱぱっとよぎった。

学生の頃、大学祭でマジックショーを開催した時、筆者は客席後方でビデオの撮影をしていた。そしてある後輩の演技中、客席前方で妙にエキサイトし過ぎているオバさんの姿を目にしていたのだった。勿論かの後輩はただの素人学生マジシャンで、スターなどではないし、両手を振り上げて拍手喝采する程の腕前でもない。「あのオバさんは彼女の母親に違いない」と筆者は確信した。

ビンゴ。

この事は暫くの間「○○さんのお母さんの事件」として皆の間で話題になり続けたのだった。

この中年夫婦、彼のご両親かもしれない…。

果たして、ビンゴ。

ショーの終了後、まさに筆者の隣にいたオジさんとマジシャンの彼が親子らしく立ち話している場面を目にしたのだった。

そんな事はともかく、彼のショーはとても面白かった。まず、ステージのディスプレイ。背景に巨大なモニターを並べ、そこに現れる映像がそれぞれの場面に合わせた背景となる。ステージ上方にも小型のモニターがいくつも吊り下がっており、中央のモニターと同じ映像が流れ、ど派手な効果を演出する。周りの大道具のデザインは場面毎に少しずつ変えられ、それだけで雰囲気を楽しめた。音楽の選曲も凝っていたし、喋りの中には韓国人には馴染みのギャグがテンコ盛り。客席からは始終笑いが起こっていた。また、ポピュラーな映画を場面場面のテーマとしてピックアップし、その内容に合わせた衣装で登場する。マジックのネタもその映画の内容に沿うものを選んでいる。

マジシャンを引き立てる出演者は他にも何人かいて、それぞれに力があって楽しめた。とりわけ、何度か登場したアシスタントの女性は動きや表情が大変洗練されていたので、彼女はプロの女優さんですか?とスタッフに訊ねたら、日本でも人気を博したパーカッション・パフォーマンス、NANTAに出演していた方だそうだ。

場面転換や衣装替えの間は、両脇にあるスクリーンに様々な映像を映し出し、退屈しない工夫がなされていた。通常のマジックショーだと、こういう部分は司会者の退屈なお喋りや余り面白くもないマジックの小ネタになってしまうのだけど。恐らく、ショーの構成や舞台美術など、各方面の専門家を起用し、チームで取り組んで作り上げたものだろう。マジックショーというよりはミュージカルを見ているようだった。この時は結婚式のついでに行ったワケだけれども、これだけのためにわざわざ韓国に行ってもいいな、と思わせる内容だった。

もっとも、彼はお喋りが主体のパフォーマーなので、韓国語がわからないとちょっとキツい部分もある。が、言葉が不要なネタもあるし、演出の素晴らしさに加え、何よりも観客のノリが恐ろしくよろしいので、それだけで十分楽しい雰囲気が味わえる。勿論、少しでも韓国語がわかればますます楽しめるだろう。

筆者は韓国に到着したその日に見に行ったのだが、この先一週間滞在する、と言ったら、チケット手配するから良かったらもう一度見においでよ、と言ってくれた。なんと嬉しいお誘いではないか。いろいろと予定が詰まっていたが、なんとか時間を作って行く事にした。二回目は韓国語もぼちぼちわかる部分が出てきて、より楽しめた。

ところで、一回目に見た時、アンコールで出てきた彼、慌てていたのか、なんとズボンの前方から何やら白い物が覗いていた。観客の幾らかは気付いたようなのだが、なんと、その中の一人、筆者の席の一つ置いて隣にいたオバさん、即ち彼の母上が「チャックが開いてるよ~~~!」と猛々しく叫んでしまった(韓国でも「チャック」というんだね!これは日本の商標名なのだ)。

え~~~~~!お母さん!そんな声高らかに!

日本のお母さんだったら絶対にしなさそうな行動。おみそれしました…。

これは全くのアクシデントだったらしく、彼はソツなくその場を切り抜けたものの、マジで恥ずかしかったらしい。公演の後、何かアドバイスはない?と訊かれたので、何にもないよ、良かったよ、と答えると、そんな事ないだろう、何かあるでしょう、と迫ってくるので、「ちゃっく」と一言口にしたら、その途端、両手で顔を覆って、ぴゅ~~~~とその場を去って行ってしまった。

そう言えば、大学の後輩で、やはり前を開けたままステージに出てしまった子がいて、彼は未だに皆から「ちゃっく」と呼ばれている。