伍章 外国でも七転八倒

出演者紹介

ドイツはミュンヘンでマジックショーに出演した時のこと。司会担当者から、筆者を紹介するに当たって何を話したらいいだろう、と持ちかけられた。この質問をされると、いつも答えに窮してしまう。好んで受賞歴ナゾを延々披露する人もいるが、はっきり言って、そんなことは客にはどうでもいいことなので、コレは避けたい(とゆーか、延々披露するほどの受賞歴もないのだが)。そもそも、演技を見て、それそのものの真価を感じて頂きたいと考えているので、そういった余計な情報は純粋な鑑賞への妨げとなる。どんな内容の演技をしますよ、と前もってバラすのも言語道断。が、外国では筆者の出身地について捻りを加えて披露するという手段が残っている。その時は、オーストリアを経由してココまでたどり着いた長い道のりについて話したらどうだろうか、と提案してみた。すると、お!それはいいね、と彼も食いついてきた。アメリカとカナダの関係と同様、ドイツ人もオーストリアの絡んだギャグを好むらしい。

話題を膨らませるためか、引き続き彼は訊いてきた。

「キミの住んでいる街の名前は?」

「ナゴヤ」

彼は、聞いたことねーな、という顔をする。仕方あるまい。日本マニアでもないドイツ人が、トーキョーとオーザカ(ドイツ人はこう発音する)以外の都市を知っていたら、その方が驚嘆に値する。で、一応、日本で三番目くらいに大きい街で、日本のど真ん中にあるとは説明したものの、イマイチよく理解してくれなかったようだ。筆者より前に出演する若い男の子が「ブバタイ」とかいう妙な名前の街の出身だから、ナゴヤは日本のブバタイってことにしよう、こういうジョークはウケるんだ、とさっさと決められてしまった。ナゴヤは...EXPOも開かれたことがあって、日本人だったら知らない人はいない有名な街なんですけど...

彼は更に質問を続ける。

「ところで、日本からのフライトは何時間くらいかかったの?」

良い質問である。

「実は、私は香港経由で来たの。香港からフランクフルトへ行って、そこからウィーンへ...」

「え、ちょっと待った。グラーツに直接行ったんじゃないの?」

「ぇと...そういう便もないことはないんだけど、こっちの方が安いものだから...」

この時、筆者はオーストリアのグラーツという街で別のシゴトをこなしてからやって来ていた。そして交通費を安く上げるために実に回りくどい経路をたどっていた。

まずは香港経由でフランクフルトへ。帰りは友人に会いがてら、フランクフルトから帰るので、単純往復用のチケットだ。それからオーストリア航空の片道切符でウィーンへ。ここから電車で南下すること四時間、グラーツに到着。グラーツでシゴトをした後、またまた電車を乗り継いで、ミュンヘンへ。実に時間的・距離的ロスの多過ぎる行程である。ウィーンやフランクフルト経由でグラーツに飛び、帰りはドイツから帰るというオープン・ジョーのチケットもあるにはあった。しかし計数万円の差は大きい。

この話を聞くや、「それはいいネタだね!」と、彼も大喜び。早速司会の台詞に取り入れられた。して、筆者は自分の出番を待つ直前の数分間、幕の後ろで、オーストリアをネタにしたギャグと、ナゴヤを日本の得体の知れない街として紹介されるのと、自分の旅の経路を延々と聞かされ続ける羽目となったのであった。

ところで、ドイツに来たら虫けら呼ばわりは避けられない、と腹を括っていたのに、どういうワケか、この司会担当者は初対面からきっちり正確に発音してくれた。その上、出演間際にも更に念入りにこう確認してきた。

「正確な発音はどうなの?ケーコ?ケイコ?」

その点に関してはどっちでもいいですってば...