伍章 外国でも七転八倒

日本マニアな人々

筆者をドイツへ招待してくれた青年は、実は日本マニア。彼とは二〇〇三年に行われたとあるイベント会場の観客席で、たまたま隣同士になっただけの間柄である。と思っていたのだが、実は筆者が日本人である事が必然的要素の一つだったと改めて知る事になった。

彼が柔道をやっているという事は知っていた。彼と出会った二ヵ月後、大阪で世界柔道選手権大会が行われ、彼は観客として来日していたのだ。しかし、柔道はもはや世界的にポピュラーなスポーツだ。柔道家=日本マニアとは限らない。日本語をそれ程知っているようでもなかった。

が。

彼は意外とヘンな単語を知っていた。空港に迎えに来てくれた彼が発した第一声は

「オゲンキデスカ」

ありまー少しは日本語知ってるんだ、と思った。日本語わかるの?と訊くと、「あらいぐま」「きょうりゅう」という単語を知っているという。

――一体何処で何のために覚えたんだよ...。

しかも「R」の発音がドイツ語のままなので、「あがいぐま」「きょーぎゅー」としか聞こえない(ドイツ語のRは咽の奥をぶるぶる震わせるヘンな発音。筆者には「ガ行」音に聞こえる)。

実は出演者の中にもう一人日本マニアがいて、「○○さん、行きましょう」「行きましょう」などと、日本人の筆者を差し置いて、二人で日本語会話を繰り広げていた。

さて、ある時青年は、出演者全員を彼のアパートへお茶に招待してくれた。皆で出掛けて行く途中、彼が何やらニヤニヤしながら筆者に告げた。

「なんと、ウチにはJapanese toiletがあるのだよ!」

はぃ?

彼は、つい半年程前、「日本式の」ウォッシュレットを購入したのだという。日本に行った際、多機能・便座暖め機能付きのハイテク・トイレを見てなんと素晴らしいのだろうと感動し、常に手に入れたいと考えていたそうだ。家へ着くなり、ほ~ら、これがその日本式トイレだ、と皆に嬉しそうに見せていた。取り敢えず用足しにお借りして出てきた筆者に向かって、彼は訊く。

「何か機能を使ってみた?」
「イヤ」
「使えばいいのに。あれはすっごく気持ちいいのに...」

そ、そうなんですか?

更に、トイレのある廊下の突き当たりに寝室があり、ドアの前にかかっていたのは藍染の暖簾に朔太郎の詩を染め抜いたもの。むむ。マニア度が上がってきたぞ。更に、更に、彼の日本マニア度の高さを推し量れるものが居間の奥に存在した。なんと、ベランダ一面に玉砂利を敷き詰め、石灯籠とヘンなミニチュア植物を配置した「日本庭園」があったのだ!

うわぁ!なんだ・こりあ!

ベランダの塀にはスダレが縦に立てかけてあって、日本風を装う努力はしているものの、塀の外側にはこの街独特の洒落た中世風西洋建築が。純粋な日本人の筆者にとって、これはもう笑うしかないシロモノ。ぎゃははっ、とバカ受けしていると、「笑うな、僕の日本庭園だぞ!」とおカンムリだ。ゴメン。でも笑うしかナカ。