<5>伍章<外国でも七転八倒>

我々は韓国人?

筆者は必ずしも旅行好きというワケではなく、というかむしろ出不精で、「シゴト」のついでに旅行をすることはあるものの、ワザワザ計画を立ててまで海外に行こうとはなかなか思わない。その筆者が珍しく「旅行のみを目的」に出掛けるのが韓国だ。近いから旅費が安い、行くのがラク、というのも大きいが、日本人とよく似た韓国人の気質や昔の日本によく似た風景を発見するのが意外に新鮮で面白い。かと思うと日本人とはまるで異なる「なんだコリア」な現象が多発するのもこのお国。「シゴト」ではこれまでに二回訪れているのだが、その度に想像を絶する「すさまじいおもてなし」を受けてしまう。そう、彼らは日本人より随分「熱い」国民で、それは日本人と韓国人の最大の相違点でもあるのだ。

ある時、恐ろしくヒマだというだけの理由で韓国に旅行に行くことにした。ところが、韓国人の知人に連絡すると、話がどんどんあさっての方向へ膨らんで何故かマジックショーに出演する事になってしまった。

ところで、筆者が学生時代に所属していた大学のマジックサークルに、第二外国語として韓国語を選択していた後輩、Nがいた。彼女は授業がなくて恐ろしくヒマな最終学年の秋に韓国に語学留学までしている。今現在でも日常会話はお手の物だ。カナダに住んでいた頃、韓国人留学生たちと親しくなって俄かに韓国語に興味を持った筆者のために韓国語テキストを送ってくれたものこのNだ。

Nはマジックサークルでは会長まで務めたものの、卒業後はマジックと全く疎遠になっていた。そもそも、マジックが好きで会長になったというよりも、同学年の他の男どもがフヌケ揃いだったため、相対的に一番しっかりしていた彼女にお鉢が回ってきたという経緯だったらしい。そんなワケで、これまで何度かマジックのイベントに誘った事はあったが、毎回ナシのつぶて。が、場所が韓国となれば話は別だ。実際のところ、この時もマジックショー自体はどうでも良かったらしい。

当時、SARSが大流行した直後だったので、初めのうちは「国際線の空港に行く事自体が怖いかも」などとほざいていたNだったのだが、いつの間にか「韓国旅行の日程がわかったら教えてくださ~い♪」という反応に変わっていた。韓国の引力には疫病も形無しだったらしい。

ところで、韓国ではホントにもう、至れり尽くせりのもてなしを受けてしまった。「一体アタシ達は何様!?」と何か勘違いしてしまいそうな程だった。マジックショーの打ち上げにスタッフや他の客人達とプルゴギの鍋を囲んだ後、まーそれはそれはいろんな所に連れ回してくれるわ、夜半過ぎに、またまた焼肉を食べさせてくれるわ、ハテは怪しい娼婦街を見学させてくれるわ。韓国人の熱~い一面をまざまざと見せ付けられ、我々は実に気分良く短い滞在を楽しんだのだった。

そんな中で、自称プロのコメディアンだという謎の男が何くれとなく我々に世話を焼きながら「君達韓国人顔だね~~~~」と言ってきた。韓国人も日本人もそう顔つきは変わらないと思われがちだが、韓国人からすれば、大抵見分けはつくそうで、ソウルの市場を歩いていれば日本語で話し掛けられる事が多い。また、マジックショーのチケット受け渡しのため、お互い面識のない韓国人の友人とNとが初対面する事になったのだが、電話で打ち合わせをしたところ、「その会場に日本人は他にいないハズだからすぐわかるよ」と言われたそうだ。そんな風に、これまで確実に日本人に見られていた経緯があったので、所詮コメディアンの言う事だ、と、我々は一笑に付した。

ところが。

翌日、街へ買い物に出掛けると、どの店でも店員から韓国語で話し掛けられる。帰りの飛行機に乗り込む時には「あんにょんはせよ」と言われる。因みにすぐ後ろにいた別の日本人には「こんにちは」だった。日本到着間際には客室乗務員に入国カードを渡されそうになり、「いるぼんさらみえよ~(日本人ですよ)」と言ったら、「しちゅれいしました~」と恥ずかしそうに去って行った。食事の時にも「飲み物は?」と韓国語で訊かれ、筆者も調子に乗って「めっちゅじゅせよ~(ビールください)」と言ったら、何の疑いもなく「よぎよ(どうぞ)」という韓国語と共に渡され、飛行機を降りる時もやっぱり「あんにょんいかしぷしょ~(さようなら)」だった。

筆者はこの旅行の最中に現地で眼鏡を新調した。当時の韓国の眼鏡というのは小さめの楕円形の物が多く、ちょっと特徴的な形だった。そんな物を身に付けていたから余計に間違われ易かったのかもしれない。

一方、Nの方は。

マジックショーの会場のある大学構内を歩いていたら、男子学生にナンパされたらしい。「今、友達と約束してるから」と韓国語で言うと、発音に訛りがあったためか「うわ!韓国人じゃない!?」と驚かれたそうだ。

また、マジックショーの休憩時間に、スタッフが彼女にビデオカメラを向けてショーの感想か何かをインタビューしてきた。早口でよく聴き取れず、答え損ねていると、「外国人か…」みたいな事をいいながら去って行ったそうだ。

そして、帰りの機中(筆者とは別便)、毛布が欲しくて「ブランケット」と単語だけ言っただけなのに「今は全部出払ってしまって残ってないのよ」みたいな事を韓国語でペラペラと説明されてしまったそうだ。

イヤハヤ。

我々の事を韓国人顔だと言った件のコメディアン、顔の表面の凹凸感がNの上司に似ていたらしい。「上司に似ていたコメディアン、侮れぬ…」と、後日、二人して感じ入った次第である。

今では訪韓回数が両手では数えられない程になった筆者は、もはや韓国で日本人扱いされることは少なくなってしまった。それどころか、よく韓国語で道を聞かれる。観光客らしい初々しい態度がすっかり消えてしまったのだろうか。