四章 マジック界の困った人々(男子編)
ヒマ潰しのハズが…
ある知人の依頼で、彼の代理として韓国へ仕事に行った時のこと。仕事は無事に終わったので、あとは自由の身。早速現地の友人に会う約束を取り付けたのだが、彼女の都合に散々振り回された挙句、結局約束を反故にされてしまった。
友人に裏切られて深く傷ついた筆者は、取り敢えず、気持ちを静めるために摂食と購買に走る。時にその場所は、数分前まで友人だった人(!)との待ち合わせするハズだった、ソウル市内で最も賑やかなショッピング街の中。いずれの欲を満たすにも事欠かない。それでもなお気分が優れなかったので、誰かに会って鬱憤を晴らさねば、と思ったものの、しかし急に連絡して会える人も多くはない。前日に付き合ってくれた女の子が「ヒマだからいつでも連絡して」とは言っていたが、その子の話すハナシの内容に対してちょっと食傷気味であったため、これは避けたい選択。で、間違いなく掴まる無難な相手は前々日に会った仕事の依頼人なのであった。この人とその友人である韓国人がこの晩会うことになっていて、まーヒマだったらキミも連絡よこしなよ、と言われていたのだ。ところで、二人とも相当マニアなマジシャンである。それを失念していた筆者がそもそも愚かだった。
待ち合わせ場所は依頼人の宿泊先のホテル。ロビーから出た所で手持ち無沙汰気味に筆者を待っていた彼は、携えているペットボトルで何やら怪しい「素振り」をしている。うぅ。こんな所で…。この動きはマジシャンならついついやってしまいがちな「モノを消す」時のモノ。しかしこれならまだ「なんとなく手持ち無沙汰な人」に見えなくもない。
さて、韓国人の友人を待つ間に、筆者が預かっていた彼の持ち物を返却する。一旦部屋に置いてくるよ、と言って戻ってきた彼、ナゼか手にスプーンを持っている。
ハテ?
気持ち的に彼程「根っからのマジシャンではない」筆者は、よもやそれを「マジックの小道具」だとは思わず、「何故ココにスプーンを?」と思っただけだった。
が。
ぁの…
ホテルのロビーで「念力を使ってるようなこと」をしないでください…。傍目に見たら相当ヘンです…。
ここまではまだ「他人のふり」をすれば済むことであったのだが。
少々遅れてやって来た彼の相棒の韓国人、両手に巨大なツールボックスを二つも抱えている。中には…開発中のマジックの道具やら、ドコゾで見つけてきた新ネタやらがぎっしり詰まっていたのだ!そう!久しぶりに出会った二人はココで溜まりに溜まったネタを披露し合いながら、マジックトークを炸裂させるつもりだったのだ!「根っからのマジシャンではない」筆者にとってはゴーモンに等しいお話だし、そもそもアタシ自体がトンだお邪魔虫ではないか!!!
更に更に。そこへ新たな犠牲者が登場。韓国人マジシャンの彼女である。マジックに関しては完全な素人である彼女は、彼らの格好のカモである。一般客の反応を試すべく、いいように利用されている。マジック自体は不思議でしょうがなく、心の底から驚いて見てはいるようなのだが、それ以外の専門用語を使った話は勿論ちんぷんかんぷんのハズ。その上マジシャン二人の会話はかなり流暢な英語。英文学専攻学生である彼女は英語が得意かと思いきや、ヒアリングもスピーキングも苦手のようで、途中、相当退屈しているのが見て取れた。ダンナにヘタなマジックを見せられ続けて、遂にマジックが大嫌いになる「マジシャンの妻」の前身を見ているようだ…。
イヤハヤ。
さて、「終電の時間もあるのでそろそろ帰るよ」と言うと、「イヤイヤ、僕が送っていくから大丈夫」と韓国人マジシャンが言う。「だっていつまで続くかわかんないし、帰るよ」と断っても、「大丈夫、そろそろやめるから」との返答。でも彼らは殊更名残惜しそうだ。まだ用意した道具の半分も見ていない。終電時間が過ぎてもなお、延々と続くので「いいよ、アタシはタクシーで帰るよ」と言ったのだが、「深夜料金が付くから高くなるよ」と、彼はあくまで親切である。なんだか気を使わせてかえって心苦しいアタシ…やっぱりさっさと地下鉄で帰れば良かったなぁ…て言うか、そもそもココに来なきゃ良かったのか。
結局十二時を少し回った時点でお開き。オトコたちの楽しみを奪ってしまったようでなんだか身につまされる。そして自分がゴーモンを受け続ける状況がいたたまれなかったのもまた事実である。まー友達(だった人)に裏切られて沈んだ気持ちはなんとなく浮き上がりはしたけれど。