四章 マジック界の困った人々(男子編)

自慢する人々

ある年の年明け早々、またまた困ったガイジンマジシャンに出会った。正確に言うと、年越しパーティーの会場で、つまり会ったのは前年の暮れから元旦にかけて、である。

一人は、なんたらかんたらというフランス系っぽい名前で、人好きのしなさそうな年配の方だった。彼は「なんたらマジック辞典」という(本人曰く)有名な本の著者だそうで、彼自身はといえば、知らぬ人のいない「生きた伝説」なのだとか。でもって、「この名前をお前は知らないのか?ところでお前は誰だ?何?その名前はどう綴るのだ?」と、エラそーに言われて、実に感じが悪かった。でもって、頼みもしないのにカナダ紙幣に本人の顔を印刷した恐ろしくセンスの悪い名刺と、「過去の栄光」と思われる、古~いパンフレットを無理矢理持たされた。そして「お前は名刺を持っているか?」と訊かれたのだが、とてもじゃないがお友達になりたいとも思えなかったので、つい持っていない事にしてしまった。

こんなエラそーな彼だったが、人格に問題があるだけあって、誰かから話し掛けられる事はなく、パーティーの間中、ずっと一人でぽつねんとしていた。こうはなりたくないものである。因みにマジック関連の人名や歴史にかなり詳しい知人に「なんか自分のこと生きた伝説と言っている、かくかくしかじかな人に会ったんだけど、知ってる?」と訊いてみたが、「そんなヤツ知らん」の一言で片付けられた。彼が超有名で生きた伝説なのは彼自身の妄想か、この地域でのみでの話なのかもしれない。

さて同じパーティー会場で、中途半端にアマチュアのマジシャン男子がしがちな自慰行為を目の当たりにする。ある若者が、薮から棒に、ものスゴー複雑なコインマジックのハンドリングを見せつけてきたのだ。筆者自身がクロースアップマジックを演じることはないのだが、ごくごく基本的なことは勉強している。即ち中途半端に知識はあるワケで、而して、つい彼の扱うコインの軌跡を追ってしまい、しかもそれが結構追えてしまったりしたのだ。だからフツーの女子が手品を見せられた時によく言うように「不思議!スゴいわ!ステキ!」と無闇に盛り上がって差し上げる事も出来ず、かと言って多少のアラは見過ごした上で、それがある程度のモノであるかどうかを判別する程の目も持ち合わせてもおらず、どういう反応をしたものかと実に困ってしまった。

筆者は、マジックは不思議さとエンターテイメント性両方を兼ね備えた上で見たいと思っているので、このように技法だけをちゃらちゃら見せられても楽しいともスゴいとも思わない。因みに同じ男性から「ウォンドの技法(棒が出たり消えたりするマジック)を見せてあげるよ!」と言われた事もある。これは筆者の演技にも取り入れているものなのだが、「自分の方が上手いから見せびらかしたい」とでも思ったのかもしれない。勿論筆者はそんなモノは見たいとも思わないので、見せびらかされそうな気配を感じると巧妙に回避を試みていたのだが。

ところで、彼はマニアックな技法をひとしきり見せ終わると「僕はマジックサークルの今年のステージコンテストで優勝したんだ!」と訊きもしないのに教えてくれた。そのコンテストのチンケさを知っている筆者は「まースゴいのね!おめでとう!」と嘘を言う事も出来ず、困ってしまった。こういう場合、たとえ本心でなくてもそう言ってあげるべきなのだろうか?

大体、自分からして「あそこで入賞したのよ~、アタシ!」と吹聴して回るタイプではないので、こうやって何やら賞賛を求めて自慢してくる人々の心理が甚だ理解出来ない。国民性の違いだろうかー、と思ったが、日本人にもこういう人はゴマンといた、そう言えば。因みに彼はキューバ出身で、南米マジック界のチャンピオンだったそうだ。これで南米マジック界のレベルがなんとなくわかってしまった、と言ったら、マジック知識オタクの友人から待ったが入った。南米のマジシャンにはスゴい人は結構いるのだと。んじゃー、南米のチャンピオンと言いながら、タダのキューバのチャンピオンなのかもしれない。井の中の蛙傾向の高い北米人にはキューバだろうが南米だろうが、見分けをつける術はないだろうから。何分、キューバは資本主義諸国と国交がないのだから、キューバのチャンピオンの実力が如何程のものかという正確な情報の入手はますます困難だろうし、その辺を都合良く利用して彼の方で話を大きくしている可能性もある。実は彼のステージ演技を見た事があるのだが、手順構成からして全然駄目だったので、筆者の推測は恐らく当たらずとも遠からず、に違いない。

自慢とはちょっと違うのだが、こんなこともあった。
筆者の後輩たちがなんとか連絡を取ろうと努力をしていたにもかかわらず、ずっと音沙汰がなかった高校の同級生から、ある日唐突に連絡をもらった。なんでもごく最近クロースアップ・マジックを始めたとかで、いろいろ調べているうちに筆者のプロモーションサイトに行き当たったという。それでサイトのメールフォームを使って連絡してきたという次第である。筆者は後輩たちが連絡を取りたがっていた経緯を知っていたし、まだ彼らと付き合いがあるという話をするとその同級生も彼らに会いたがったので、ごく少人数に声をかけて飲み会の席を設けた。

なにしろ誰もが彼とは 十年以上は会っていなかったので、お互いの近況報告をし合うなど、それなりに話が弾んだ。彼は筆者とマジックの話をしたかったようなのだが、筆者の方ではそういう欲求はなかったし、第一他の人が興味がないだろうと思ったので、敢えて話を切り出さないようにしていた。のだが。

一次会がお開きとなり、残ったメンバーは彼と筆者を含めて三人になった。彼の馴染みの店へと移動して二次会となり、まー最初はごく普通に世間話をしていたのだが――彼はここでいよいよマジックの話題を振ってきた。まず、筆者のサイトに行き当たった経緯に始まって、それを見て驚いただの、他のサイトでも筆者の情報を探し、彼が名前を知っている有名なマジシャンと筆者が知り合いである事実を発見しただの、とにかくよく調べ上げている。もう一人の同席者は知らない世界の話をとうとうとされて、アゼン…といった様子である。

なんだか雲行きが怪しいなぁ、と思っていたら、いよいよ最悪の事態が起こる。彼がマジシャン御用達のトランプを取り出したのですな!

え?ここでカードマジックやるつもり???
やめて~~~!

ある程度マジックを齧った者にとって、マニアな素人のヘタなトリック程見ていて辛いものはない。なにしろ他所で一級のエンターテイナーたちの演技を見てしまっているのだから、たとえ自分のクロースアップ・マジックのレベルが彼ら以下であろうとも、目だけは異様に肥えている(マジシャンの奥さんやパートナーの方々も同様と思われる)。覚えたての伝統的な手順や自称オリジナルのテクニックをエンターテイメント要素抜きで延々と見せられても、それはもう拷問としか言いようがないのだ。

さて悪い事には、もう一人の同席者も割とクールなタチで、たかが手品一つにわーきゃーと騒いだりしない子だった。場は大いに白けた。ただし、彼がそれに気付いたかどうかは怪しいものだったが。

彼は次のような愚かな事も言ってのけた。近々マニアな人たちと一緒にミーティングをするから、一緒に行かないか、と言う。無邪気にも「中途半端な有名人」である筆者と知り合いであることを仲間に自慢したいとか言うのだ。――あの。アタシ、有名具合が中途半端などころか、とりわけクロースアップ・マジック畑の人たちには「ほぼ無名」ですから…。何よりクロースアップ・マニアのミーティング自体、勘弁してくださいって。