四章 マジック界の困った人々(男子編)

大きなお世話

東京でマジックショーに出演した時の事。学生時代の後輩に、関東で出演する機会があったら教えてくれと言われていたので、出演が決まった一年以上前の時点で連絡しておいたような気もする。が、連絡有難うとも言ってこず、何の音沙汰もない。まー元からそんなモノを期待してもいなかったが、返事がないので興味がないのだろうと思い、連絡した事すら忘れていた。ところがショーの一ヶ月程前になって、チケットが取れなかったから、もし手元にあったら売って欲しい、と言ってきた。なんでも発売開始からものの数時間で完売してしまったそうである。まー高々四百席程度の会場の話ではあるが。

普通は出演者用の招待枠を融通してくれることもあるのだが、このような人気のイベントなので、そういったモノはなかった。だから手元にチケットは一枚もない。まー一応スタッフの方に聞いてみるけど、この期に及んで期待はしないように、で、何枚必要だい?と返事を書いた。が、またしても一向に音沙汰なし。まーアイツはそういうヤツだよ、と思い、返事をした事すら忘れていたのだが、今度はなんと一週間前になってメールが舞い込んだ。

「返事が来ないなぁ、と思っていたら、ものスゴい勢いで(素早く、という意味だろう)返信されていたのですね」

あろう事か、この男、ほぼ一ヵ月の間、筆者のメールが届いた事に気付かずに見過ごしていたというのである!どのようにしたらこのようなマヌケな事態に陥る事が出来るのか、著しく謎である。

何枚要るかもわからなかったので、当然スタッフの方には何もお願いしていない。一ヶ月前の時点ならば何とかなったかもしれないが、はっきり言って手遅れに等しい。が、マヌケ男は「もし、万が一、何かの間違いで手に入ったら直前でもいいから連絡をくれ」と食い下がる。イベント直前の忙しい時期に先方に余計な手を掛けさせても悪いので気がひけたが、何かの間違いで余りが出てきた場合のみで構わないので、心に留めておいてくれるようにお願いはしてみた。一旦は、望みはないよ、とお返事を頂いたのだが、東京へ向かう前日、なんとか一枚手配出来たと連絡をくださった。して、マヌケにして幸運な男はチケットを手に入れる事となったのである。筆者の顔を立てて、こんなアホーのために手を尽くしてくださったスタッフの方に心から感謝する。

はてさて、マヌケにして幸運な男は、ショーの内容にいたく満足した様子。しばらくライブのショーは見ていなかったらしく、何を見ても満足出来る体質だったのだろうけれど。でもって、頼みもしないのに筆者の演技限定で「ショーの感想」とやらを箇条書きにして送ってよこしてきたぞ!それを読んだ筆者は、学生時代のサークルの反省会会場に来たかと思ったよ!イヤぁ!学生サークル的!主観的!役に立たなさ99%!一応「エラそうな感想です」と言い訳めいた事が付記してあったが、ホントにエラそうだぞ!風潮的には「先輩風」の香りがしたが、彼は後輩なので「後輩風」だろうか???

初めに、学生時代の演技より大分良くなったとお世辞めいた事から始まって、「ネタの出し方が変わっていて追えなかった」ときた。イヤイヤ、悪いけど、君が述べているその辺の手順については殆ど何も変わっておりません。仮に彼の言う通り「追えなかった」のならば、観客の目を他所へひきつける、いわゆるミスディレクションの技術がこのワタクシに身に付いたという事ではないだろうか。その辺がわかってないところが学生上がりなのだよなー。筆者のいたサークルでは、まず技術の習得ありきで、表現力だとか目線のやり方とか、技術そのもの以外の部分へ行く以前のレベルの人が大半だったのだ。筆者自身を含め。

マヌケ男曰く、「全然ピュアな目じゃないですね」と、即ち「技術だのなんだのとマジックの専門用語を並べ立てて薀蓄を傾ける自分はヤハリ結構見る目がある」という意味にも取れないこともない表現でもって、自らの「玄人ぶり」をアピールしてきたが、イヤイヤ、目の付け所が所詮素人ですよ。全然大丈夫です!その他、ネタを軽く扱っているようにした方がいいかも、手順のあのヘンが浮いているように見える、BGMの不協和音が気になった、などなど、主観全開で「感想」を述べ立ててくれたが、う~む、ホントに「感想」でしかない。「ふ~ん、君はそう思うの。アタシはそうは思いませんけど」と一蹴して終わりの意見しか書いていない。敢えて何かに貢献したというのなら、せいぜいこんなトコロでネタにされたってコトくらいか。

彼自身、学生時代は技術・表現力ともに学生にしてはいい処までいっていたので、サークルの中では結構頼りにされていたようだった。そんな自負もあって「ココは一つ、俺様が意見してやろう」てな気持ちが残っていたに違いない。卒業後はすっかりマジックから離れていたので、「素人になってしまった」と言ってはいるものの(てか、もともと素人ですから)、過去の実績に対する自信は恐らく消えていないハズだ。だからと言って、フツー、現役を退いてライブ演技を見てもいないようなアマチュアが、自身より経験を積んだ相手に対して、よくぞご意見して差し上げる気になれるなー。頼まれてもいないのに。即ちこのアタシが舐められているんだろうか?

筆者自身、自分が発展途上である事はわかっているし、役に立つ意見は積極的に取り入れる。自分から進んで請う事はないので、他人様からご意見を賜る機会も余りないのだが、四方山話をしていてふと口に出した、という感じで有用な発言をしてくれる人もいる。

例えば、同じサークルの別の後輩は、いつも重要な意見だけを簡潔に述べてくれる。彼自身も卒業後にあちこちに出向き、ナマでプロフェッショナルな演技をたくさん見ているだけあって、押さえどころがわかっているのだ。素人的主観論をずらずらと箇条書きにしても本人にとっては何の役にも立たないのは承知なのだろう。また、イベントに出向いて度々会うようになった年下の女性から、筆者自身ではなかなか客観的に見る事が出来ない舞台演出上の事で、有用なアドバイスを頂いたこともある。やはり彼女もいろいろな良いパフォーマンスを見ているし、セミプロとしてステージに立っていたこともあるので、何がパフォーマーの役に立つ意見なのかよくわかっている。タダの学生上がりが知ったかぶりでエラそーにのたまうご感想などとは、そもそも性質が異なるお話なのである。