四章 マジック界の困った人々(男子編)

複数の用件を一度に片付けられない人

筆者はいろいろな所を歩き回る旅よりも、一つ処にずるずる居座る旅、即ちその場にある程度長く住み続ける「旅」をする事が多い。そんなこんなでカナダに延べ一年半程住んでいたことがあり、ここでも何人かマジシャンの知り合いが出来たのだが、日本人と同様にやはりガイジンにも「困ったマジシャン」は存在するのだ。

何もマジシャンに限ったことでもないのだが、北米人と付き合っていると、妙な違和感を覚える事がある。なんだか彼らの頭の中には「同時進行」という概念がないのではないかと思われる節があるのだ。例えばメールのやり取りをしている時、一通のメールに複数の用件を書くと、最初の用件についてはちゃんと反応するのに、それ以下についてはまるで何もなかったかのようなナシの礫ぶりを示してくれる。初めは相手がたまたまウッカリしていただけだと思ったのだが、どいつもこいつも、毎回毎回だと、これはもう彼らの特質としか思えなくなってきた。最近では諦めて、メールの内容は「出来るだけ短く一つの用件で」済ませるようにこちらが気を使っている。

ある時、そんなカナダ人の知人の一人から「マジックショーに出てくれないか」という依頼があった。彼らとは違って慎重な筆者は、メールは隅から隅まで読み、誤解して返事をしていないかどうか確認をした上で返信をする。まービジネスメールを書く時は大抵の人がそれくらいの事はするだろうけれど。そして、「喜んで出演します」と「メールの末尾に」返事を書いた。ところが。彼からの返信にはこんな文章が。

「マジックショーの出演に関するお願いの部分を読んだ?今すぐ返事をくれなくても大丈夫。興味があるかどうかだけでも訊きたいんだけど。」

筆者は、思わず自分が書いた前のメールを読み直してしまった。確かにその返事は書いたと思ったけれど、自分の勘違いか、何かの拍子にその部分が消えてしまった可能性がない事もないからだ。また、文法的な誤りで、相手に誤解を与えた可能性もある。が、その用件については確かに右のように返答していたし、英文にも特に問題がないようだった。「お~い、アナタこそアタシの返事をちゃんと読んだんですか?」と、まず言ってやりたかったが、そこは抑えて「前に返事をした通り、喜んで出演させて頂きます」と、オトナな対応をしてやり過ごした。

同じ人物の注意力散漫ぶりを物語るエピソードをもう一つ。ある年の夏、カナダの田舎町でひと月程過ごした後、バンクーバーへ引越すことになっていた。引越しの直前にバンクーバー経由でアメリカへ行き、マジックショーに出演する事になっていたので、まずは引越しの荷物ごとバンクーバーへ出た。そしてその彼に荷物を預けがてらお宅で一泊させてもらう事になっていた。初めはバンクーバーへ出るのにバスを使うつもりでいたが、たまたま同じ日に同じ方向へ向かう友人に足を頼める可能性が出てきた。だからその詳細を彼には事前に知らせておいた。

「バンクーバーへは多分バスで行きます。でも同じ頃バンクーバーへ行く友人がいるので乗せて行ってもらえるかもしれません。彼女が何日に出掛けるかによりますが。」

「もし彼女と一緒に行くなら、アナタの家の近くに朝八時か九時に着く予定です。この時間で大丈夫なら、何処で降ろしてもらったらいいか教えてください。ハイウェイの近くだと友人にも都合がいいと思います。」

「彼女と一緒に行けない場合は、バスで行きます。この場合、アナタの家の最寄の駅に二時半に着く予定です。」

 複雑な話だが、順序立てて書いてあるし、本人曰く彼は「頭が良い」らしいので、それが本当なら理解できるハズだ。が、このメールに来た返事が、勘違いもいいとこの内容で、ぶっ飛んでしまった。

「元気?マジックコンベンション、楽しんでる?」

 おいおい、ヤツの中では、もうイベントに参加している事になってるよ。いつの間に筆者はアメリカへ旅立ったのだ?

「君がウチに来ない事になるかもしれなくてとても残念だけど、しょうがないね。」

 しかも彼の家には行かない事になっている。一体何処をどのように解釈したのだろう?

「もし何処かで拾って欲しいなら、喜んでするよ。バス停の場所と、到着時間を教えてください」

う~ん、バス停の場所も到着時間もメールにしっかり書いてあるんですけど...。しかも、ヤツの中では筆者が「引越荷物も預けずにアメリカへ出掛けてしまい、ヤツの家には行かない」事になっているのに、何故ピックアップの必要があると思い込んでいるのか実に不思議である。

こんな彼であるが、自分の事を世界でも屈指の天才だと思い込んでいて、「僕って頭いいと思わない?」と、一度ならず、度々訊かれた事がある。が、前述のような事が何度もあったので、とてもじゃないが「そうだね、ホントにそう思うよ!」とお世辞にさえ言ってあげる事は出来なかった。