壱章 どちらかというとフツーの人です。

変面逸話アレコレ

再三書いているように、筆者は普段メイクをしないし、身なりに金をかけないので、パッと見にかなりみすぼらしい様相である。ついでに、革ジャンを着て中型バイクに乗ったりするので、赤の他人から見ると性別の判断さえ怪しくなる事もある。メットを被るから、ヘアスタイルも適当だ。が、シゴトでステージに立つ時は、一応みすぼらしくなく見えるようにメイクをし、髪はスプレーでガチガチに固めたアップスタイルにし、どうやっても女にしか見えない衣装を着込む。と言うワケで、ステージを降りると同一人物とは思われない事がしばしばだ。ワタシという人物は、雰囲気は妖艶で、人柄も「女らしい」と勝手に勘違いされてもいる事もある(そんなに女っぽい演技でもないのだが)。まー大半の知人とはまず初めにみすぼらしい方の姿で会っているので、後からステージを見て著しく驚愕されるパターンが多いのだが。

さて、そんな例をココに幾つか――。

アメリカのとある田舎町のイベントに出演した時、我々ゲストの送り迎えをしてくれていた若いおニイちゃんがいた。出演の前に何度か顔を合わせてはいたが、彼は筆者に対してはとりわけ感心を持つワケでもなく、ごくざっくばらんに対応していた。が、筆者のパフォーマンスを見終わったとたん、側にいた筆者の知人にこう言ったらしい。

「ねえ、彼女、すっげえカワイイ!彼氏いるの!?」

逆バージョンもある。出演の翌日、やはりノーメイクで、しかし一応は浴衣という民族衣装を着て、イベントの会場である小さな町の中を歩いていたら、親切なおニイちゃんが「何処まで行くの、乗せてったげるよ」、と車から声をかけてきた。どう見てもイベント参加者で、怪しい人ではない事は明白だったので、お言葉に甘える。二言三言挨拶じみた会話をした後、彼がこう言った。「ところで、君もショーに出演するの?今日?明日?」

...既に前日出演していますってばよ...

彼の「言い訳」によると、ステージでは実際よりもかなり背が高く見えたという事だった。

山小屋でバイトしていた頃の仲間がマジックショーを見に来た時はもっと衝撃が大きかったようだ。なにしろ、山小屋勤務期間中は普段に更に輪をかけてラフな格好をしているし、女性は大体において一時的にストレス性過食症に陥る為、体形が著しく変化する。一~三ヶ月の勤務の後、顔面が一・五倍くらいに膨れ上がって帰る者は後を絶たない。とあるいたいけな青年は、筆者と同じく一時はメス豚と化したことのあるバイト仲間、通称「ぶたまる」の横で、筆者のパフォーマンスを見ながら「ち、ちがう...」とずっと呟いていたそうだ。マジックの技よりも様相の激変振りの方が不思議だったらしい。

こんなこともあった。ある時、知人がやっているマジックバーを訪ねていく事になった。バーの経営者である知人は筆者の懐具合を心配し、「筆者の訪問をエサに客を呼び寄せて店に売上がもたらされるようにし、そこから滞在費の一部を負担する」なんて健気な事を提案してくれたのである。そして彼は「こうこうこういうお方が我がマジックバーにいらっしゃる」という誇大広告を出し、馴染みの常連客を呼び寄せる作戦に出たのである。そんなカモの中に、以前別件でこの近くに来た時に会ったガイジンのおニイちゃんも含まれていた。

筆者は彼のことを覚えていたのだが、はっきり言って、彼に始めて会った時の筆者は彼に陽炎のような薄い印象しか与えていないハズだ。「お久しぶりですね」と挨拶する筆者に彼の方はなんだか曖昧な笑い。

コイツ、覚えてねーな...

そう、彼は覚えてもいない人にワザワザ会いに来たのではなく、初対面の「こうこうこういうお方(つまりワタシだ)」に会いに来たのである。そのお方に以前会った事があるなどとは夢にも思わずに。ぅぅぅ...。

こんなこともあった。韓国に行った時、知人に会うためにコーヒーショップで待っていた。忙しい知人の代わりに、彼の友人を迎えによこしてくれる事になっていたのだが、一向にその人は現れない。と思ったら、先程バタバタと二階へ駆け上がっていった男性が戻ってきて、一階をきょろきょろと見回した挙句に「かめさん(=筆者)ですか?」と訊いてきた。あ、アタシの顔知らなかったのね。で、ここで日本人より幾分ストレートに思ったことを表現する韓国人の本領発揮だ。彼は臆面もなくこう言ってのける。

「マジシャンの女性と言うから、もっとゴージャスな人かと思った!」

確かにねー、とりわけ韓国のマジシャンは、芸能人、もしくはアイドルクラスの人が多いから、ゴージャスっぽい場合があるけどさ。