壱章 どちらかというとフツーの人です。

過去の恥から学べ

筆者がマジックを始めたのは、そもそもまかり間違って大学でマジックサークルに入会してしまった事がきっかけである。百は下らない数の部活やサークルが乱立する某国立大学において、何ゆえそんな奇抜な選択をしたかというと、マジックに殊更興味があったから...というワケでは全然なく、単に仲の良いクラスメイトが「何処かにさっさと所属したいから」というだけの理由で入会したのに追随しただけなのである。でもって筆者の同世代近辺のマジシャンの中には似たような境遇の人が結構いたりする。因みに大学にこのような勉学と関係ないサークル活動が、ましてやマジックサークルなどがあるのは日本だけの特長で(アジアの国には日本を模した形で似たような形態を持つ場合がある)、珍しがられて外国のメディアに取材を受けた事がある。

さて、そのマジックサークルは、奇抜な?活動内容の割には一回り分時代から取り残されたようなおとなしい人々の集団で、定例の飲み会の二次会にはいつも決まった喫茶店に行って甘味を食する、という、なんとなくダサめの人たちが集っていた。まー筆者自身もそれ程イケている人ではないので、それなりに馴染んではいたのだが。

この団体における一大イベントは、年に二回開催されるマジックショーで、いわゆる学生がよくやる発表会の類だ。自分たちでチケットを手売りし、安い入場料でお客を招く、即ち完全な赤字運営、つまりは自己満足のレベルを超えない程度のシロモノでしかなかったが、マニアなお客さんには「レベルが高い」と評判だった。しかしそれを言うお客さんのレベルがどうなのか、というと、はっきりしたことは...ココには書けない。

筆者自身、学生時代から結構入れ込んではいたので、勿論発表会にはバリバリ出演した。そんな学生時代の演技ビデオを数年ぶりに見て驚いたことがある。余りにも酷い出来なのだ。しかも、初期の頃のものはまだましで、今現在も継続してやっている演技のベースとなったものが特に酷かった。

第一に、何をやっているのか実によくワカランのである。勿論、自分で作った手順なので、実際には何がやりたいのかはとてもよくわかる。しかし、自分以外の者が初めて見たらどうだろう。何やらモノがたくさん出たり消えたりしているのだが、動きにメリハリがなく、無闇に早いので、いつ何が起こったのか実にわかりにくい。そして、いつ何処に何を隠したのか、いつ何処から何を隠し取ったのかはとてもよくわかる。本来これらは逆であるべきなのだが。それに、ポーズや動きが逐一変である。一体、こんなモノを人前に出すのを許したのは誰だ、と、当時を知る知人にこの話をしてみたら、「僕はいろいろ言ったハズだけど」と返ってきた。聞いていなかったのか、聞こえないふりをしたのか、はたまた不当な評価をするヤツだと思って相手にしていなかったのか。時に人は客観的になれず、自分寄りの意見のみを選り分けて悦に入ってしまうものらしい。恐ろしい話だ。

昨今の自分の演技について、今一つ自信が持てなかったので、昔はどんな事をやっていたのだろう、と思って当時のビデオを引っ張り出して見ていたワケなのだが、まーこれらよりは随分良くなっている、と、むしろ励まされてしまった。加えて、酷い演技をしながら異様に自信にみなぎった表情をしているのを見て、「こんな顔をしていたら観客も拍手をせざるを得んだろう...」と、妙に納得してしまった。人前に自分をさらけ出す時にはそういった思い込みが多少はあった方がいいのかもしれない。