壱章 どちらかというとフツーの人です。

変面現象が招く不条理劇

筆者の「変面現象」は有名である。ナニ、別にお面の色を変える手品のことではない。舞台化粧をするとエラく印象が変わってしまう、という話である。まー当たり前と言えば当たり前か。しかし筆者の場合、普段から化粧はせず、元来地味~なこけし顔、服装も性格も地味なので、他の人にとりわけ印象深く紹介でもしてもらわない限り初対面の人に覚えてもらえる確率は著しく小さい。イヤ、たとえ印象深く紹介して頂いたとしても、筆者の普段のナリを見ただけでは、殆どの方が興味を持つハズもなく。舞台化粧して、ヘアメイクをして、衣装を着込んで、ステージの上で大暴れをすればものスゴい確率で印象に残るようだが。

そんな背景があって、イロイロと不条理な話が生み出される。

とあるシゴト先でのこと。到着した当日は時間が遅かったため、出演はなかった。その夜はバーでビールなどをご馳走になっており、幾人かのスタッフと顔を合わせた...ハズなのに。翌日のショーに出演するため、衣装やメイクの準備を施した状態で控え室から袖の方へ上がっていくと、前の晩にバーで会ったハズのスタッフが、「初めまして」と握手を求めてきた。

ぇと...

確か、アナタには...昨晩既にお会いしているハズですが?相手はガイジンさんだったので「初めまして」の意味を勘違いしていた可能性もないことはないと言えなくもないが。

さて、別の日。後日合流してきた友人と一緒に朝食を取っていると。スタッフの一人が我々と同じテーブルについた。このシゴト先はちょっと妙なリゾート施設で、他の客との相席は当たり前、その上スタッフも客と同じテーブルで食事をするのだ。友達感覚のスタッフと話をするのも客にとっての楽しみの一つらしい。が、話の上手な人ならともかく、気まずく隣で黙っていられるくらいだったらアタシャ放っておいて欲しいのだが...。

で、その朝、筆者の隣に座った男性スタッフは「何処からいらっしゃったんですか」などとありきたりな会話を試みてきたのだが、それは主にスッピンでも十分カワイイ友人の方に向けられていた。ついでに、という感じで筆者にもいろいろ訊いてはきたが。それにしても、この人、筆者のことをつい二、三日前にショーに出演したマジシャンだとは夢にも思っていなかったようだ。そしてその事実はしばらく後に証明されることとなる。

その日の晩、またショーに出演することになったのだが、衣装を着込んでステージの袖に行くと、朝食の席で隣に座った男性スタッフが妙な扮装で出番を待っていた。彼は筆者を見るなり、あ、どうもどうもと声をかけてきた。それは実に「マジシャンである筆者」に対しての挨拶であり、朝食で同席した客だとは全く思っていなさそうだったのである。

変装って、意外とカンタンなんだね...。