壱章 どちらかというとフツーの人です。

トロフィーのゆくえ

ある時、押入れに掃除機を仕舞おうとしていて、妙に収まりが悪かったので、力任せに「がこんっ」と押し込んだ。すると奥で「ばこんっ」と鈍い音が。手を差し入れ、掃除機の居場所を邪魔していた物を取り出してみたら、市指定の可燃ゴミ用袋だった。内容物は勿論ゴミではなく、重量のある結構しっかりした固形物だった。取り出してみたら、な~んと、マジックのコンテストで頂いたトロフィーなのであった。おー、なんか罰当たりな事しちゃったな、と思いつつ、再び元の場所に戻し、またもや掃除機を仕舞い込もうとしたのだが、どうしても入らない。仕方がないので横にあった超旧式激重ポータブルミシンの上にトロフィーを無造作に置いてみた。おー、これで全て丸く収まったワイ、と喜んで押入れの戸を締めると、何やら奥で ずどんっ と鈍い音が。大概、トロフィーがミシンから落下したのであろう。まーいいや、と、放っておいたので、今現在でもきっとそのまんまの状態である。

因みにこのトロフィーをもらった時、プレゼンターのミスでジュニア部門のモノを渡されており、ジュニアの受賞者が気付いて交換しに来てくれた。ご立派なトロフィーに対してこういう杜撰な管理をしている筆者のこと、ひょっとしたらジュニア君が教えてくれなければ今の今までそのミスに気付いていなかったかもしれない。

筆者はコンテストマニアでもないし、また、出場する度に必ず賞に入るという程優秀でもなかった。また、小中学校のスポーツコンテストや作文コンクールでの入賞にさえ無縁だった。筆者だけではなく、家族全員が。そんなワケで、もう家中にトロフィーが溢れてしょうがない、なんてステキな状態では決してない。しかし、よく考えてみたら「よく頑張りましたで賞」みたいなチンケなトロフィーは二、三個もらっていた気がする。アレらは一体何処に行ってしまったのだろう?――記憶をたどってみると、所在が少しずつ判明しだした。最初に思い出したのは、かめの居場所となっているちっこいヤツである。生まれて初めて出場したマジックのコンテストで、実に思いがけなくもらった物で、まー類としては「頑張りましたで賞」だったのだが、結構嬉しかった。それでさえ「かめの居場所」である。しかも実家の、既に物置と化した元筆者の部屋の棚の中。他のヤツらはどんな惨めな状況にあるのだか。

そう言えば、このトロフィーの横に、もう一つチンケなヤツがあった気がする。そうだ!カナダはバンクーバーのマジックサークルのチンケなコンテスト(出場者三名、他の二人の演技はかなり.........な感じ)でもらったヤツだ!スタッフがプレートの年号を書き間違えて、後からプレートだけ作り直して送ってきたという、曰く付きの代物である。

これら二つのトロフィーの置き場所は、以下に述べる他のモノよりは遥かにマシだった。幾ら物置と化した部屋の中とはいえ、一応ガラス戸付きの戸棚の中で、埃は被らない、誰も眺める人はいないにしても、一応外から眺められる。「かめ」付トロフィーの方は手製の別珍の座布団まであつらえられているのだ。この辺りに一応「初めて」の喜びは隠されていそうだ。が、「曰く付き」の方は、単に小さくて収まりが良かったからそこに置いたに過ぎない。

回を重ねる毎に筆者の演技もだんだん格が上がってきたのか、頂くトロフィーもだんだん大きくなってしまったのだが、それらを飾り付けるような場所はもはや、ない。筆者の実家は、もともと空間の美など演出する隙もない程雑然とした家なのである。加えてトロフィーや賞状などといったものに誰もが無縁だった上、たとえそれらがあったとしても愛で奉って神棚に捧げるなんて事にまるで興味がない家風である(そもそも実家に神棚などない)。上の二つが上記のような場所を獲得出来たのは、全く幸運としか言いようがないのだ。その次にもらったヤツなど、実に行方が定かではない。多分、同じ部屋の、扉の前に物が雑然と積み上げられてデッドスペースになってしまっている押入れの中だと思うのだが。

その後にも一つ、なんだか矢鱈とデカいのをもらっていたかも。アレは一体何処へ行ってしまったんだろう...、と思い出すのにヤケに時間のかかった物がもう一つあった。今年のウチのトロフィーは立派なんだわ、と主催者の方が自慢をしていたのは覚えている。確かにデカかった。一~三位までがトロフィーを授与され、順位が高い程デカかった気がする。筆者のもらったのは真ん中のヤツだったのだが、それでもかなりデカかった。それにしても、あんなに大きなモノが、一体何処に雲隠れしたというのだ?実家の押入れだろうか?自分ちの押入れにはそんなスペースないし、しかも既に別なのが一個入っているし。そんなこんなでなかなか思い出せなかったのだが、そうだ!台所の水切り籠の台にしている、木製ケースの中に入れたよ、そう言えば!

筆者はマジックの演技をする時、自作の折りたたみテーブルを使っているのだが、以前は現在使っている物よりも一回り大きいものを使っていた。それを海外に持ち出すために専用の木製ケースを作った事がある。そしてケース自体は中身より重い。一回り小さい中身を作って普通のスーツケースに収めた方が持ち運びにずっと楽だという事に気付いて実践したのは、愚かにもその三年以上後の事だった。今はお役御免となったその立派過ぎるケースは、捨てるに捨てられず、水切り籠を置くのにちょうど良い高さであるというだけの理由で台所の一隅に居座っていた。それで、件のトロフィーはどうもその中に仕舞った気がするのだ。もう三年以上そのケースは空けていない。カビでも生えていないだろうか?その時は面倒だったので確認すらしなかったのだが...。

さて、何かの折にこの木製ケースを開ける機会があり、案の定、件のトロフィーは箱に収められてケースの中に入っていた。その箱が、買ってきたばかりのゴールドクレストのクリスマスツリーを置くのにちょうど良いというだけの理由で、一ヶ月程部屋の隅にディスプレイされることになったのだが、クリスマスツリーが枯れてしまってからはその箱が邪魔になり、かと言って木製ケースに戻すのも面倒臭くなってしまった筆者は、それを提供したイベント主催者に、その頃謂れもなくシカトされ続けていた事に非常に腹を立てていたのも手伝って、なんとそいつをネットオークションに出品してしまった!そしてそれは五百円で落札され、「高知県の斉藤さん」のウチにもらわれていったのである。斉藤さん、一体何に使ったのかな?

このように、筆者のトロフィーたちはどれもこれもなかなか惨めな状況にいるワケだが、他のお宅ではどのようなのだろう?筆者と同じような空間の美を演出出来ないような安アパートに住んでいる人はどうだか知らないが、他に見た例では、一応もっとマシな風にきちんと飾っていた。
 カナダ人のとある若者は「ローカルなコンテストで大した事ないけどね」と謙遜しつつ、日当たりの良い窓辺に、以前お世話になったカナダ人のオバさんパフォーマーは、家族の写真など大切な物と一緒に、それぞれ小さなトロフィーを並べていた。

スゴかったのは、やはりバンクーバーで出会った女性マジシャンの所だ。彼女は著名といえばかなり著名で、筆者の持っている屁のようなモノではなく、錚々たる有名コンテストから持ち帰ったご立派な面々ばかりである。それらがマントルピースもどきの台の上を埋め尽くしていた。まー中にはなんだか怪しいモノもあったけれど。そして、更に。それらの立派なトロフィーを抱えて誇らしげに微笑む彼女の写真が、家中に飾り立てられていたのだ。しかも。全紙サイズである。

彼女の家を訪ねたのは、筆者自身のプロモーション写真を撮るためであった。彼女に相談を持ちかけたら、自分のカメラマンを紹介してあげる!撮影はワタシん家でしましょ!という感じで話が進んでしまったのである。実は筆者は、掃除機の邪魔をしていたトロフィーとともにメダルももらっていたのだが、その事を思い出した彼女は、「そう言えば、メダル!あれと一緒に写真を撮らなきゃ!」と、なんだか筆者以上の意気込みを見せていた。その時は持ち合わせていなかったので、撮影はしなかったし、たとえ持っていてもそんな写真を撮るのも飾るのも筆者の趣味ではない。第一ウチにはトロフィーを飾る場所すらないんだぞ?

そいえば、とあるコンテストで優勝された方が、優勝トロフィーをもらっているのにも関わらず「飾りたいから賞状も作って頂戴」と主催者に頼んできたそうである。きっとこの方のウチは 賞状とトロフィー陳列専用の部屋 があったりするんだろうなあ、と、そんな様子がありありと目に浮かんでしまった。世の中イロんな人がいるものである。