参章 マジック界の困った人々(女子編)

フシギなオバさん

筆者は小銭稼ぎのために「毛花」なるものを作って細々と販売しているのだが、他所のマジックショップで扱われているものとは随分異なるオリジナルでリアルな外観がウケて、オバサマなどに結構人気はある。というワケで、そういったオバサマ方から奇妙な相談・質問を受ける事が時々ある。

ある時フシギな電話がかかってきた。いい大人が個人宅にかけておきながら名前も名乗らなかったので断言は出来ないのだが、以前の時と同様な「主体性のなさ」から判断するに、「毛花の色を決められない」オバさんと同一人物であったと推定出来る。

「毛花の色を決められない」オバさんとは、数ヶ月前のイベント会場で筆者が商品販売用のブースを出した時、手順解説をしたレクチャーDVD付のセット商品を買っていった人だ。ブースに在庫がなかった一部の商品を後から送る事になっていたのだが、この翌日に「注文した毛花の色を変えたい」と電話をかけてきた。ところが「色を変えたい」と言う割には、何色にしたいのかはっきり言わない。そのオバさんがもそもそと要点の定まらないことを述べるには…

「昨日のコンテストで、赤や黄色の花を使っている人がいたから、自分もそうした方がいいかしら?」

ぁの…他人が何色使っていようがどうでもいいじゃんよ…

まだ「自分もそうしたい」と断言するのなら良い。だが、このオバさんは、「そうした方がいいかしら?」と、こちらに判断を迫るのだ。知るか、そんな事。こちらは相手がどんな演技をするのか、どんな雰囲気の人なのか、何も知らないのだ。何をどう判断せよと言うのだ。そこで「どんな衣装を着るのか」など、判断材料になりそうな情報を引き出そうとしたのだが、どういうワケか、やはりテンで埒が明かない。なにしろこのオバさん、「自分の好きな色」すらわからないのだから。ひょっとしたら自分の衣装の色も知らないのかもしれない。とにかく、何もかも他人任せで、主体性というものが皆無なのだ。趣味のことだけならともかく、普段の生活もこんな風だとしたら、一体どんなことになっているのやら…。「隣の家では今晩焼き魚を食べるようだけど、ウチもそうした方がいいかしら」とか言ってるのだろうか。

で、このオバさんと同一人物と思しき冒頭の電話ののオバさんは、次に何を聞いてきたかというと。DVDの中では、懇切丁寧に「ネタ袋の付け方」なんてものも解説している。ネタ袋というのは衣装に取り付けてマジックのネタを仕込んでおくための袋のことだ。毛花用のネタ袋は、要するにタダの筒なので、作り方を説明する程のものでもない。それでも一応、布で筒を作り、毛花に合わせて太さを調節する、てな話もしている。ところが、このオバさんは、ネタ袋の「正確なサイズ」を知りたいというのだ。でもって、DVDの中ではサイズの説明がないではないか、と、まるでこちらの手落ちでもあるかのようにのたまう。

ステージ・マジックをやった事がある人ならわかると思うのだが、そもそも、ネタ袋というものはネタのサイズに合わせて作る。ネタ自体に布をあてがって、大体このくらい、という処にハサミを入れ、適当に切って適当に縫い合わせるだけなのだ。なので、特にサイズがあるワケでなく、お手持ちの毛花が入るように作ればいいんですよ、と、まず三回くらい説明した。それでもオバさんは、食い下がり、なんとしても「正確なサイズ」を手に入れたいようだった。と言われても、こちらが販売している毛花自体、その時々でテキトーに作るので、大まかなサイズは同じだが毛花の「正確なサイズ」からして存在しない。ネタ袋の「正確なサイズ」を語るには毛花の「正確なサイズ」がわからなければ無理なのだが、残念ながらオバさんの毛花は既に筆者の手元にはない。とにかく毛花がすっぽり収まれば問題ないので、多少長め太めに作って、後から細く縫い留めればいいんですよ、と更に五回くらい説明した。しかし、オバさんはちっとも納得してくれない。とにかくなんとしても「正確なサイズ」をモノにしたいらしい。そんなもの在りはしないのに…。

計十回くらい同じ事を言っても、オバさんは引き下がろうとしなかった。主体性はまるでないくせにヘンな処でねちっこいのね…。仕方なく、「毛花の大体のサイズ」を仮定した上で、ネタ袋の「大体のサイズ」を、とにかく数字として差し上げた。毛花の全長が二十三センチくらいだとすると、二十三センチの袋を作ればいいんですよ、幅は五センチ位で作って、後からネタの取り出し具合を見ながら調節してください、と。でも、恐らく「仮定の部分」については聞いちゃいなかったのではないかな…。とにかく「正確な数字」(こちらは仮定を基にした「大体の数字」を述べたつもりではあるのだが)を手に入れることが出来たと思ったオバさんはようやっと電話を切ってくれたのである。