参章 マジック界の困った人々(女子編)
恐怖の五十万オバちゃん
とある公演会場でのこと。公演が終了後に片付けをしていると、とあるオバさんが筆者の方へ近付いて来た。筆者の連絡先が知りたい、と言うので、筆者が商っている商品を買いたい人かと思い、商品宣伝用のチラシを渡した。ああそうですか、と言って一旦それを受け取ったものの、オバさんはまだ立ち去ろうとしない。そして、何か非常に歯切れの悪い様子でこう言った。
「アナタの今日やった手順をね、五十万くらいじゃ少ないかもしれないけどね、手取り足取りね…」
とっても歯切れが悪いので、容易に真意を汲み取りかねたが、有体に解釈するとこういうことか。
五十万払うから、アンタの演技を手取り足取り丸ごと教えてくりゃれ
うわぁ!噂には聞いていたが、こういうとんでもない輩が本当に存在したとわ!!!レッドデータブックに載っている希少生物を野生状態で発見したかのようなオ・ド・ロ・キ!!
それにしても、マジックは「手順の付いた道具を買うだけで終了~」と勘違いしている人々が多くて全く嫌になる。筆者自身が材料を吟味し、試行錯誤を重ね、必死こいてようやく完成させた道具を指してこうおっしゃる方がいる。
「それ何処で売ってるの?」
ひぃぃぃ!!!道具は買わなくても創意工夫で作り出せるってこと、知らないのかい?貧しい学生さんは皆そうやってるよ?て言うか、昔はきっと、誰もがそうやっていたんだよ?ある程度自由になる金が出来てからマジックを始めた人は、ついついこんなものぐさになってしまうのだろうか…
筆者の持ちネタは、工夫を重ね、長~い時間をかけて自分自身で創り上げた、いわば筆者のかけがえのない財産とも言えるものである。道具は勿論、仕込みをするテーブルや衣装、装身具は全て自分で作ったし、手順、使う音楽、演技に合った化粧や髪型、ネタ部分以外の一つ一つの動きや表情なども自ら考えて、練りに練り上げて構成したものだ。演技をするのに必要なもの全てを一つのスーツケースに収まるようにして、一人で何処へでも行けるようにし、自腹で費用を払って欧米各地のコンテストを渡り歩き、最近ようやくその努力が報われだしたところなのだ。道具や手順云々のみで単純に語れる代物でもない。筆者自身の歴史を刻み込んだ渾身の作品なのだ。それをアンタ、高々五十万で苦もなくコピーしてしまおう、という腐りきった根性が筆者には理解出来ない…。イヤ、百万積まれようが、一億積まれようが、教える気は毛頭ないよ。…なんてことは直接オバさんに言いはしなかったが、「これは私の大切なオリジナルの作品だから、幾らお金を払って頂いても教える気はありません」と丁重にお断りした。まー仮に「手取り足取り」教えたとしても、どうせまともに出来やしないだろうから、五十万だけ頂いて、取り敢えず形だけでも教えるふりをした方が賢明だったかも――なんつって。
さて、恐怖の五十万オバちゃん、何も筆者の演技に無茶苦茶惚れこんでこう申し出たワケではない。聞けば、この時同じショーに出ていた別の出演者の方にも同じことを頼んだそうである。ヘタするとその日に出演していたマジシャン全員に節操なく頼み回っていたのかもしれない。いい加減な噂では、このオバさん、オリジナルの鳩出しアクトをしている某所の某さんに、実際に五十万払って習ったとか習わなかったとか、習ったはいいが、やっぱり出来なかったとか、出来なかったとか。オリジナルのアクトというものは、その人の持つ雰囲気や体型、体力、なんてもの、個人の個性が全て絡んで出来上がっているものだから、そもそも他人がそっくり真似するのは無理がアリ過ぎるんじゃないかね?金を出しさえすれば取り敢えず教えてくれる文化センターの踊りのレッスンなんかと勘違いされちゃ、大いに堪らない。