参章 マジック界の困った人々(女子編)

某国のワガママ母子

小娘ネタをもう一つ。これはとある外国のシゴト先で見かけたワガママ母子のハナシである。十四歳のお嬢さんがコンテスト出場者、母親は彼女の熱烈なサポーターである。

彼女の演じたナンバーは、実の所かなり観客受けしていた。そのコンテストは、あろう事か誰もが出入り出来るショッピングモール内で行われており、観客の殆どはマジシャンでない一般人だった。この事実がその受け具合に大きく作用していたハズだ。一般客に受け入れられることは確かに大事だが、しかし観客の喝采は、金のかかっていそうな金ぴかの衣装や、シャボン玉や紙テープなどの大仰で無意味な特殊効果、随所に取り入れられていたその国の伝統的なダンスの動き等に送られていただけなのだ。技術的なレベルや手順の構成は最悪であり「何も考えていない子供がセンセーの言う通りに練習してみた」だけのシロモノだった。こんな手順なら彼女でなくても、民族舞踊の踊り手に少々仕込めば誰でも出来る。伝統色を出したようでいて、それは彼女の個性を殺してもおり、エキゾチックな魅力が賢く取り入れられているとは言えなかった。

このコンテストでは、筆者は唐突に審査員の役を押し付けられていた。前もって聞かされてもおらず、到着した日に突然頼まれた事だし、自分には過ぎた役目だと思ったので散々断ろうとしたのだが、結局は引き受けざるを得なかった。引き受けた以上は責任をもって審査をしなければ、と腹を据えて挑んだものの、これはヤハリ自分には過ぎた役目――というか、他の審査員たちの意見が筆者とはまるで違っており、一人一人を評価することよりも、その余りの格差を収拾する事に大いに神経をすり減らす羽目になったのだ。

コンテストの最終日、一人目の演技が始まる十分程前に、唐突に審査員に召集がかけられた。このコンテストは「一応」国際コンテストという名目で、他国からのエントリーも随分あった。と言うか、半分以上が韓国からの参加で、この国の出場者は半分以下。しかもレベル的には韓国勢に随分劣る。この国の出場者から入賞者が出ないのでは格好が付かないので、既に殆どが演技を終えているこの国からの出場者限定の「ベストマジシャン」を今から選んで発表する、というのだ。しかも協議時間はたったの十分程度。

ぇと。バカも休み休みお言いなさいな。せめて昨日の夜にでも言ってくれればもっとマトモな話し合いが出来ただろうに...

十分でロクなトークが出来るワケはないのは明らかだ。しかも意見は真っ二つに分かれる。この国出身の年配の審査員の方が、「私にはもうこれだって決めた人がいる」と言う。また、この国在住の欧米人の年配者も同様のことを言う。二人の候補はどうも同じらしい。

ハテ?そんな良い演技をする人、いたっけな?

そしてオジさん二人は実にトンデモな選考結果を披露してくれた。なんとあの十四歳のお嬢さんを推すというのだ。

...え。

もう一人の欧米人は黙っている。四人の審査員の中で自らパフォーマーであるのは筆者と彼の二人のみであり、彼だけが全体を通して割と筆者に近い意見を持っていた。彼はオジさん二人の意見には賛成ではなさそうだったのだが、妥協するしかあるまいと考えていたのだろうか。筆者はこの人たちと一緒に仕事をせざるを得ない不幸を呪った。

マジックのコンテストで、アレが一位って、著しくヤバいんですけど?て言うか、あのお譲さんがこの国の「ベスト」マジシャンなどという称号を頂いてしまったら、それこそ国の恥にもなりかねないよ?と筆者は本気で思っていたのだが、なんだかんだと上手く丸め込まれ――というよりも時間がないので同意せざるを得なかった。

韓国勢には及ばないものの、割と技術がしっかりしており、表情にもキレがあって、自然な流れを持ついい手順を披露した出場者は他に何人かいた。筆者は悪あがきと知りつつも、あの出場者はどうか、と一応意見を言ってみたのだが...その国の年配審査員は「あんなの全然」とニベもない。なんだか彼のその言葉から、キナ臭い「派閥の臭い」が感じられた、ような気がした。

さて、その日のコンテストの演技が全て終了した直後に、この国の『ベストマジシャン』の発表である。予定通り彼女の名前が呼ばれ、出て来たのは...ちゃっかりと重厚な金ぴか衣装に着替えた彼女。

...え。

つまり出来レースだったってこと???だって着替える時間、そんなになかったハズ...。もう一つの可能性としては、彼女が大いに自意識過剰で、「私が撰ばれないワケがない」と勝手に確信し、表彰式に「正装」して登場する準備をしていたことである。

満面の笑みでトロフィーを抱く彼女。なんか勘違いしてなきゃいいんだけれど。でもこの歳でこれだけ持ち上げられて謙虚になれと言う方が無理だ。

本選の選考も実に実に、キナ臭く、キナ臭く行われた。この国のオジさん審査員が、件の彼女に異常なまでに高い得点を付けていたので、幾ら筆者やもう一人の欧米人が最低得点を付けていても、総合点でかなりいい所をマークしていた。しかし、これだけ意見が食い違う四人の得点を単純に合計しても、その順位が「適正な」審査結果をはじき出しているとは思えない。直後に行われるパーティーに早く駆けつけたいオジさんたちは、遣っ付け仕事で終わらそうと先を急ぐ。異を唱えて話し合いを促す筆者に一応理解を示すふりはしていたものの、内心はイラついていたかもしれない。

筆者自身、過去に何度かコンテストに出場し、その度に辛い想いや嬉しい想いを重ねてきた。出場者一人一人がどれ程自分の演技に愛情を持ちつつ出場してきているのか、どういう想いでこの場にやって来たのかは痛い程わかるのだ。そんな彼らの想いを踏みにじるがごとく、遣っ付け仕事で結果を出していいハズなどない。

結局、その国の審査員が折れて、彼女の総合入賞はなくなった。筆者が余計な口を挟んだばっかりに。筆者が自分の意思を貫き通して審査員の席をきっぱり辞退していれば、彼女は目出度く二冠に輝いたハズだ。勿論彼女がそんな裏話を知る由もないのだが。

後日、主催者側からまたもやトンデモな話を聞いてしまった。総合三位までのいずれにも入賞出来なかった彼女とその母親は大いに気を悪くし、表彰式のその場から速攻立ち去ってしまったそうだ。そしてその怒りはいつまでも冷めやらず、翌日行われたイベントのクライマックスであるゲストのショーを見にも来なかったそうだ。でもって、母親は「どうしてウチの子が入賞しなかったのよ!」と電話口で怒りをぶちまけたそうだ。

ぇと。

このお譲さんの不幸はバカな母親を持ったことにもある、と思ったり。時には厳しく事実を諭して教えるのが母親の優しさでもあるんだろうに、この母親は逆に甘やかし、それを娘のためと勘違いしているのだ。事実を冷静に直視せず、娘と一緒になって不当な怒りを見当違いの相手にぶつけるなんて噴飯物である。

入賞出来なかったのは主催者のせいではない。お宅の娘に実力がないからだよ。

彼女を応援したいのなら、どうして「何故入賞出来なかったか」について一緒に考えてあげないのだろう?

演技を見ればわかったことだったが、彼女は外国で演技をしたこともないし、外国のパフォーマーの演技を多く見た事があるワケでもないそうだ。恐らく自分のセンセーに教えてもらった事だけしか知らないと思われる。もっと外の世界を知らなければ、この先伸びることはない気がする。せめて「外の世界」の一端に触れに、外国人ゲストを招いたイベントの最後のショーくらい見に来れば良かったのに。

ところで、早速彼女のセンセーのキナ臭い取り計らいで、近々外国で開催予定の割と大きなコンテストに急遽エントリーするのだとかなんとかいう噂もあったのだが、以降話を聞かないので結局行かなかったのかもしれない。マジシャンばかりが観客の会場で彼女の演技がバカ受けするとはとても思えないので、出て行ったら行ったでかなり良いお勉強にはなると思うんだけど。