参章 マジック界の困った人々(女子編)

関わり合いになりたくないお嬢さん

ある時、後輩に頼まれて彼が面倒を見ている大学生のお嬢さんの練習を見に行った。多分、学生さんに自分の持論をベースにした意見を述べ立てても、それは彼らの聞きたい意見ではないと思うので、近頃こんな感じに他人の練習をのぞきに行くなんてことはまるっきりしていなかったのだが、そのお嬢さんの周りの人間関係が余り上手くいっていないという話を聞いており、むしろそちらの方が心配で出掛けて行った。ところが、彼女自身は実にケロッとしており、それどころか、「ココの手順考えてくださいよー」とまーモノグサな学生マジシャンぶり全開。

自分の手順くらい自分で考えろよ、あほー。

その上、「折角来てもらったんだから、積極的に見てもらったり意見を聞かなきゃ」と、彼女の師匠である筆者の後輩に説教される始末。ところがお嬢さんはいつまでもぐずぐずしていてなかなか練習を始めようとしないし、何処をどうしたら良くなるだろうか、と自分で考えようとせず、「ねー、どーしたらいいですかー」と、実に大雑把な訊ね方で、安易に他人から妙案を引き出そうとする。何かを言われたら、言われた通りの事をしようとしているだけなのだ。はっきり言って、ものスゴー嫌いなタイプだ。筆者は「ここはこうだけど、どうでしょう?」といった形で具体的な何かを問われれば自分の考えを答えはするものの、こんなモノグサなお嬢さんに、進んで手取り足取り何かを御教授差し上げる程面倒見が良くない。よくぞこんな手のかかる輩の面倒を見ているよなぁ、と感心してしまった。

てなワケで、今後このお嬢さんには二度と関わるまい、と決心したのだが、なんと、彼女はこの直後に出場したコンテストで入賞し、方々でのゲスト出演の機会をたんまり頂いてしまった。練習を見た限りでは、それ程魅力的な演技でもなかったと思うのだが。そして以降も彼女の演技を何度か見る機械があったのだが、一向に良いとは思えなかった。訊いたところでは、件のコンテストの審査員は全員オジさんだったそうである。確かに、彼女は見た目だけで言えばなかなかの美人である。彼女がニコッと一回微笑めば、ただそれだけで男性パフォーマーの百倍の「実力」に匹敵するのだとか。

そんなこんなで、この先この小娘にいろいろな場面で遭遇しそうで、それだけで頭が痛い、と思っていたら。実際、とあるシゴト場で一緒になってしまった。

彼女のことは別に嫌いという程気になる存在でもないのだが、敢えて好きか嫌いかと訊ねられれば、どちらかといえば嫌いに傾くという程度の相手だ。彼女のどのヘンが気に障るかというと、彼女は彼女の価値観だけで物事を推し量り、それが世界の標準であるかのように錯覚している辺りだ。そして、その思い込みよってなされる行動が必ずしも悪気があるワケではないのがまた厄介。単に、彼女は自分の言動によってどのような結果が引き起こされ、相手がどのように思うかはまるで頭にないだけなのだ。実に計算高くなく、素直といえば素直だが、即ち何も考えていないと言えなくもない。なにしろ、彼女は言われたことは何でも鵜呑みにする。即ち行動が動物的である。どちらかといえば理性的な筆者とは水と油の相性なのだ。ところが先方は、筆者のことを「どちらかといえばなんとなく好き」と思っているようなのだ。と言うか、どちらかといえば嫌いと思われているとは夢にも思っていないに違いない。

で、そのシゴトは一泊のイベントだったので、このお嬢さんと相部屋になってしまったのだが、そのお部屋に置いて、この年代の子なら多少なりとも気を使って避けて見せるべき行動を見事に実行に移してくれた。

同類が集まるイベントごとで、泊まりがけともなれば夜を徹して飲むとか、語り合うとかいう場面がよく見られる。その例に漏れることなく、筆者も件のお嬢さんを含むシゴト仲間たちと二時くらいまでは話し込んでいたと思う。その後部屋に戻り、お嬢さんと筆者はホテル内にある別々の温泉にそれぞれ入りに行った。以前誰かから聞いた話では、このお嬢さん、かなりの長風呂。案の定、筆者が部屋に帰ってきてもまだその姿はそこにはなかった。結構疲れていたので先に床に着いたのだが、それから程なくして、お嬢さんに揺り起こされる。

「かめさん(=筆者)、かめさん、今から○○○号室で○○君と○○君とだべりんぐします。良かったらかめさんも来てください。いいですか、○○○号室ですよ」

これは...彼女なりの親切...なのだろうか???しかし、寝入りばなの人を起こしてまで告げなければならない事柄だろうか?彼女の思考パターンを察するに。

自分はかめさんも交えて話しに行きたい

   ↓

かめさんもそうしたいハズ(寝入りばなだろうがなんだろうが)

   ↓

ここは起こしてそれを告げる必要がある


――エラい迷惑なお話である...。
 
不幸中の幸いは、彼女との同席はこれを最後にしばらくはなさそうだ、ということだった。しかし彼女自身は、ビギナーズラックでタマタマ波に乗れたことに大いに舞い上がってしまい、今後もマジック界に身を置き続けて大活躍する予定だそうだから、その予定がポシャってくれないことには、彼女と出会うという不幸は避けられないのかもしれない。勘弁して頂きたい...。