弐章 マジックよりフシギ過ぎる我が生活

帰ってくるなり

一般的には普通のことなのだろうが、休暇旅行から帰るなり仕事に出ることになった。しかし、筆者にとって、コレは異常なことである。短期とはいえ、勤めに出たのはその時点でかれこれ一年以上前のお話だったからである。

派遣会社には幾つも登録しているが、何年か前に首を切られて以来、いずれの登録先からもロクに仕事を紹介されたためしがない。というのも、「短期のみOK」「長期なら休みたい時休ませろ」「電話応対はヤダ」などと、この筆者がワガママを言うからである。要するに自業自得なのだが。で、数々の派遣会社からは「状況確認」の電話が来るばかりで、一向に仕事のオファーは無い。それどころか、確認電話をかけたことを記録に残していないのか、余りに頻繁に、しつこくしつこくかかってきていい加減イヤになり、電話口で「取り付くシマの無いヘンな人」を演じてみたら、以来ぱったり電話が来なくなった。仕事をよこさない派遣会社との無駄な縁はコレで精算出来た。

さて、どーせ何処の派遣会社もアタシのワガママに応えられるような仕事を回してきやしないさ、と派遣の仕事はないものと諦めかけていたところ、矢鱈と短期単発の仕事を遣り繰りしている知人に出会った。短期の仕事がそんなにあるものかいな?と思ったら、彼女の登録先はちょっと特殊で、とある有名イベント会社が自社で持っている派遣会社だったのだ。短期スパンの仕事納めの時期になると、ちょっとしたお手伝いが必要になってくるらしい。登録スタッフもそんなに多くはいないのか、はたまた社員が「なんとか自分で片付けよう」とギリギリまで粘って結局ドツボにはまるのか、なんだか急に仕事が転がり込むこともあるそうな。ほんじゃ、いっちょアタシも登録してみるかね、ちょうど登録キャンペーンとやらをやっていて、筆者がある程度働いたら紹介者となる知人が御褒美をもらえるかもしれないというし。

確かに、他の派遣会社には有り得ない程の頻度で仕事のオファーがあった。しかも「短期」「電話なし」の条件をクリアしている。たまたま時期が合わなかったり場所が遠過ぎたり、などの理由で二ヶ月程は断り倒してきたのだが。バカンスから帰ってくるなり、唐突に一週間の仕事が舞い込んだのだ。まーヒマだったので引き受けた。ソレが終わった翌日、再び「即日開始一週間」という実に行き当たりばったりなオファーがある。まーまだヒマだったので引き受けた。そしてそのいずれもがかなりドタバタした職場だったのだ。「ギリギリまで粘ってドツボ」という読みは存外当たっていたのかもしれない。

一件目の派遣先は、なんと隣の県だった。通勤に一時間半はかかる。以前もここへの長期勤務の打診があったのだが、そんな遠いトコ行っていられるか!と、即断った。が、今回は一週間のみの勤務だ。一週間程度ならブルーマンデーを迎える前に終わってしまうから、既に社会人的勤勉性を失いつつある筆者にはちょうど良い。何よりウチでダラダラ過ごすより随分マシだ。交通費も全額出るし、時給も高めなので、引き受けることにした。

仕事は…まぁ、思っていたより大分やり甲斐があった。て言うか、短期の派遣にそこまで任せていいの?というくらい、思いっきりイロイロ任せて頂いたので、頭をフル回転させて働きましたよ。なにしろ派遣会社から聞いた話では「データとリンクされたフォームを使って請求書を発行する」ということだったから、ファイルメーカーやアクセス等を使って半自動的にするような作業かと思ったら…エクセル上に展開されたものスゴー複雑なデータのチェックをし、フォームはこれから(筆者が)作るというコトだった。

ある意味まるで話が違うが、まーそれはヨシとして。

まずは請求先別の明細一覧を印刷する。ごく簡単な作業なので、業務はものの二、三日で終了するように思われた。が。データをつぶさに見ていくと、コレがとんでもなく出来の悪い代物だった。そのイベントの背景を慮るに於いて有り得ない数値が入力されているし、請求されるべきでない金額が課金されていたり、無駄に0ばかり入力されていたり、とにかく滅茶苦茶。担当の社員の方にその事実を知らせたら、このままではとてもじゃないがキケンで使い物にならないから、翌日元データとの照会作業を行うことになった。

そんなこんなでようやくデータが使えるようになったので、いよいよ請求書を発行する段になる。既に見映えだけは作ってあったフォームに関数でデータを引っ張ってきて、少ない作業で瞬時に請求書が書き出せるようにした。それらの作業過程を垣間見た担当の方は、なんだかいちいち感動してくれた。それどころか、「セルの入れ替え」をしただけで「高度な技だ!」と感嘆していたり…。

彼は筆者より幾分若いくらいのおニイちゃんで、それまで表計算にはイマイチ馴染みがなかったらしい。そして今回の仕事はひょっとしたら初めて任された大きなお仕事だったのかもしれない。始終えらくテンパっていたもの…。でもってそれまで来ていた別の派遣のお嬢さん方の出来が余りよろしくなかったようで、むしろ彼のテンパりに拍車をかけていただけらしく、それは彼女たちが作り上げた論理性を欠いたデータの蓄積を見れば推してはかることが出来た。

そんなこんなで、短期の派遣として普通に働いただけなのに、筆者はエラい重宝がられ、なんだか就業期間の延長をほのめかすような言葉がおニイちゃんの口からしきりに吐き出されたのであった。最後の就業日には「イロイロ有難うございました」と短期の派遣に対しては不相応な程に深々とお辞儀をされまくり、是非またお願いします、みたいなコトまで言われたのだ。

確かに…仕事はなかなかやり甲斐があったのだが…通勤に一時間半って…まーベッドタウンに住むサラリーマンなんかには普通なのかな?しかしココしばらく職業不定者として自宅に居座り続けた筆者には、そこまでして毎日通勤し続ける根性は、ない。

ともあれ、何かと仕事運の無いこのアタシ、仕事先でこんなに感謝されまくったのは初めての経験だったのである。