イタリアのカプチーノ

 「真」のカプチーノと出会ったのは、当然のことながら本場イタリアで、しかもその出会いは怪我の功名的というか、事故のような偶然だった。
 ちょっとした野暮用でイタリアへ行った時、泊まったホテルが実にヘンなホテルで、なんだかまだ改装途中の様子。あちこちにマスキングがしてあり、左官屋までウロウロしていた。泊り客は筆者ただ一人。実はこの時同行する予定だった知り合いの勝手な勘違いで予定を引っ掻き回され、筆者だけ一日早くイタリアに来る羽目になっていたのだ。ここのホテルがイベント会場になっており、翌日には続々と人が来る予定だったのだが、筆者はお客様に泊まっていただく状態になる直前に来てしまったようだった。
 一夜明けて、「朝食会場」と指示された方に行っても客は誰もいない。食事のできそうな場所も見当たらない。仕方なくフロントに戻って人に尋ねると、その人の案内で連れて行かれたのは同じ方角、しかし、やはり食堂らしからぬ場所ではあった。ひろ〜い部屋の片隅に、一応テーブルクロスがかかった丸テーブルが一つ。給仕でもコックでもなさそうな、普段着姿の普通のおじさんが「コーヒー?カプチーノ?」と聞いてきた。いつもと違うものを、と思って、カプチーノを頼んだ。出てきたものは、背の低い厚手のコーヒーカップに入った、白い泡がたっぷり乗ったコーヒーで、飾り気がなく、ごくありきたりのものに見えた。ところが、これが思いがけず、とても美味かった。
 翌朝からの朝食には、他のイベント参加者も合流し、食堂もテーブルがたくさん並んだ立派なものに様変わりした。しかし、「カプチーノ?」とオプションを申し出てくる普通のおじさんはもうおらず、やる気のなさそうな若い給仕がぼんやり立っているだけで、淹れて何時間も経ったような酸っぱくて不味いコーヒーか、ティーバッグの紅茶をセルフサービスで注ぐようになっていた。前日のアレは、一日限りの気まぐれなサービスだったのか…。
 そんな訳で、図らずして「イタリアの普通で美味いもの」に巡り会った筆者は、イタリア滞在中、外出する度にbar(バール)と呼ばれる軽食屋に入り、カプチーノを注文しまくった。値段は日本円で言うと100円以下。しかし、どんなケチで薄汚い所に入っても、カプチーノだけは劇的に美味いのだ。何処もちゃんとしたエスプレッソマシンと、ミルクを泡状に仕上げる道具が標準装備なのだ。量的には多すぎず、少なすぎず、値段も安く、ウチでコーヒーを淹れて飲むより手軽な感じだ。
 現地の人の飲み方を見ていると、まず、砂糖をがばがば注いで、スプーンでぐるぐるかき回し、それでも崩れないミルクの泡をすくって食べる。筆者は普段、コーヒーはブラックで飲むのだが、彼らの真似をして砂糖をどばどば注ぎ、かき回して飲んでみた。そして事実、この方が断然美味いのだ!
 ところで、イタリアなら何処ででも普通に飲めるこのカプチーノ、近隣の国へ行くとそうはいかない。変な飾りがあってやけに気取っていたり、ココアやシナモンが振ってあったりして、その割に、飾り気のない本物の美味さに遠く及ばないのだ。不幸にしてイタリアとは未来永劫縁がなくなってしまった筆者は、ひょっとしたら、二度と本物の美味いカプチーノにありつける事はないのかもしれない…。


日本のカプチーノ

 筆者の知り合いのやっている喫茶店に、「カフェ・カプチーノ」というメニューがある。にわかバイトとしてその喫茶店に立っていた事もあるので、自分でそれを作った事があるのだが、普通にドリップしたコーヒーに、ホイップクリームを乗せ、シナモンを振って、レモンピールを2−3片散らし、シナモンスティックを添えるというかなり手間のかかるものだった。まあ、それなりに美味いのだが、イタリアで「本物」を飲んだ筆者にはなんだかインチキ臭く見える。コーヒーメニューを紹介した本を見ても、何故だかこういう作り方を載せているものが多い。日本に入って日本風にアレンジされた「洋食」のように、カプチーノも勝手に改変されたのだろうか。
 また、友人に連れられて行ったバーのメニューに「カプチーノ」があったので、余り期待せずに頼んでみたところ、これは意外に余計なものが何もついておらず、美味かった。しか〜し、一杯500円もするのだ。高すぎてそうそうは飲めないではないか…。
 幸い、筆者はイタリアの青空市で、小型のエスプレッソメーカー(コンロの上に置くタイプ)と、イタリアになら何処にでも売っている、小型電動泡立て器を買ってきていた。イタリアのbarの本物にはかなわないが、それに近い味を手軽に楽しめるという点で、高級バーのカプチーノよりはこちらに軍配をあげたい。

 余談だが、筆者の淹れたインチキ・カプチーノをいたく気に入った友人が、自分もこの小型電動泡立て器が欲しいと言い出した。乾電池一個で動き、汚れるのは先の方だけ、実に手軽に泡立ちミルクが作れる優れものだ。しかし、日本を始め、ヨーロッパの他の国の、何処を探しても見当たらない。とある通販のカタログに筆者の持っているのと全く同じものを見つけたが、現地で300円程度だったものにべらぼうな値段がついていて、とてもじゃないが、友人に勧める気にはなれなかった。
 その後、彼女はイタリア旅行に行く機会があって、エスプレッソメーカーは手に入れてきたが、泡立て器の方は時間がなくて見つける事ができなかったそうだ。エスプレッソメーカーは勿論日本でも手に入るが、日本における箸や茶碗と同じで、イタリアでは実に手軽な値段で質の良いメーカー品を買う事ができるのだ。以前うっかり空焚きをしてパッキンと取手をデロデロに溶かし、愛器を使い物にならなくしてしまった筆者は、「イタリアへ行く機会が一生巡ってこない(こさせない)アタシの替わりに買ってきて」と、メーカー指定で彼女に買い物を頼んだのは言うまでもない。


北米のカプチーノ

 町を行く人が巨大な紙コップ入りのコーヒーを片手に歩く姿が珍しくない北米では、コーヒーは生活必需品と言ってもいいくらいだ。凄い所では1ブロックに数件のコーヒースタンドがひしめきあい、しかもはす向かいに同じ系列の店(スター○ックス)があったりする。
 筆者のいるカナダのバンクーバーには、イタリア系の店が多い、ちょっと小洒落た通りがあるのだが、ここにはイタリアのbarを思わせるような店もある。試しに一軒に入ってみた。豆の量り売りもしている本格的な店だったが、サービス形態は他のコーヒースタンドと変わらず、紙コップに注いだコーヒーを、その場でペイして受け取るというものだった。ここの「カプチーノ」を試してみたのだが、ま、味はまあまあ。悪くはない。しかし。デカいのである。スター○ックスでもそうであるが、なんといっても一番小さいサイズが「tall」なのだ。飲み終わるまでに冷めちまうよ…。つい最近、日本で初めてスター○ックスに入ったのだが、「tall」は「tall」 でも、北米サイズに比べると随分小さかった気がするが…。
 カナダ人の友人に連れられて、別のイタリア系の店に入った事もある。やはりサービス形態は同じだったが、ここで頼んだカプチーノは見かけがちょっと凝っていて、ミルクの泡の上に葉っぱの模様を描いてくれるのだ。だからといって味に変わりがある訳ではないのだが。サイズはやはりデカかった。
 ところで、NHKのイタリア語番組などで活躍中のダリオ・ポニッスィ氏が、番組テキストの巻末でニューヨークに留学していた時のことをエッセイに書いていたのだが、そこで「アメリカのカプチーノにはシナモンが振ってあって、しかもレモンピールまで乗っている!」と嘆いていた事があった。イタリア人がそう言うからには、やはりこのスタイルは邪道なようだ。日本の一部で蔓延しているこのスタイルは、実はアメリカから入ってきたのかもしれない。しかし、ダリオ氏が留学していたのはもう随分昔のことだ。今のところ、北米でこのような「邪道」なカプチーノは発見していない。


ヨーロッパのカプチーノ

 さて、イタリアに近いヨーロッパ諸国でのカプチーノの形態はどうなっているのか。  スペインには「カフェ・コン・レーチェ」、直訳するとミルク入りコーヒーというポピュラーなコーヒーメニューがあるためか、barのメニューにカプチーノを見た事はなかった気がする。これはこれで、イタリアのカプチーノと同じような手軽さがあり、何処で飲んでもそれなりのものが味わえて、なかなか良かった。
 イタリアのすぐ北隣のスイスではどうか。何せスイスはイタリアの隣であるばかりか、イタリア語圏まであるのだ。これはかなり期待できそうと思ったのだが、試したのがドイツ語圏だったのがいけないのだろうか、妙にお洒落に盛り上げられたホイップクリームに、ココアパウダーがかかり、しかもチョコレートまで添えられていた(これって、ウィンナ・コーヒーって言わないか?)。まあ、これはこれで美味いのだが、手軽さと飾り気のなさではやはり「本物」にはかなわないと思った。

 ヨーロッパでは以上の2カ国でしかカプチーノ探訪をしていないが、機会があれば他の国でも試してみようと思っている。

2002/12

今のところ、筆者の独断による、経済性・味の両方の条件を満足させる
優れたミルクコーヒー の順位は

1位:イタリアのbarのカプチーノ
2位:我が家で淹れるインチキ・カプチーノ
3位:スペインのカフェ・コン・レーチェ

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