韓国
第4節 韓国語あれこれ

ハングルローマ字表記の怪

韓国人から名刺を貰うと、あれ?と思う事がある。ハングル表記とローマ字表記で発音が符合しない事があるのだ。例えば、韓国で2番目に多い名字「李」は「イ」と発音するのだが、ローマ字表記は何故か「Lee」となる。英語で「イ」さんの事を話す時は「ミスト・リー(Mr. Lee)」だが、韓国語では「イ」さんである。その他、「ノ(盧)」「イム(林)」「ユ(劉・柳)」「ナ(羅)」なども、ローマ字表記は「Ro」「Lim」「Ryu」「Ra」となる。ここまで列挙すればお気づきだろうか、この不思議な現象は、日本語の音読み(恐らく中国語読みでも)で第1音声がラ行音の漢字に起こるのである。

朝鮮固有語には、もともと語頭にラ行音が来る単語は余りなかったらしい。辞書を見ると、ラ行音で始まる言葉が極端に少なく、しかもその殆どが外来語である事がわかる。語頭にラ行音の漢字が来る場合は「r/l」が落ちたり、「n」に置き換えて発音されてしまう。上の名字がそのいい例だし、普通名詞では、例えば「ネンジャンゴ(冷蔵庫)」等がある。が、漢字が語中に収まると「r」音が戻ってくる。例えば「ヨルラク(連絡)」など。「イ」さんに「Mr.」が付けば、名字は語中に来るわけだから、やはり「r/l」音が戻って「ミスト・リー」になるのだ。と、一応規則性はあるので理屈がわかれば大して混乱しないが、時と場合によって「イ」と言われたり「リー」と言われたりするから、何も知らない人には酷く不可思議に違いない。

ハングルローマ字の不思議はまだまだある。韓国語には「平音」「激音」「濃音」と言う、息の出し方の違いによる3種類の発音があって、このうち「平音」というのが、簡単そうで意外と厄介だ。なにしろ、語頭だと清音に近い発音なのに、語中に来ると濁音化するのだ。そしてこの「平音」が語のどの位置にあろうとローマ字表記は濁音表記される。例えば、「ありがとう」を意味する「カムサハムニダ」はローマ字では「Gamsahamnida」となる。

筆者の友人のプヨンさんの名前はローマ字で「Buyeon」と綴るのだが、ついこの前、彼女が日本語でメールを送ってきた際、最後の記名は日本語で

「ブヨン」

ぶ、ぶよん…

日本語では余り美しくない語感だぞ…。

平音が語中に来れば濁音化するので、例えば性が「カン」で、姓名続けて発音すれば確かに「カン・ブヨン」と発音されるのだけど、単独だと「プヨン」と聞こえるものなぁ…が、韓国人にとってはこの発音の違いは大して大きいものではないらしく、彼らは余り頓着していないようだ。

別の知り合いのジュノさんと言う方は、外国人向けには濁音化した発音で統一しているようで、自己紹介する時も「ジュノです」と言われた(ジュノさんは日本語ペラペラ)。が、日韓バイリンガルの方と話していたら、その方は「ジュノ」さんのことを「チュノ」さんと呼んでいる。は!よくよくハングルを見たら、ソレが正しい発音だったわ!とこの時初めて気付いたのであった。

女子大生ペンパル、チュヨンさんは、初めて手紙をくれた時、「シュヨン」と書いてきた。ホントは「ジュヨン」と書きたかったんだろうな…いずれにしても日本語的には間違いだが。

また、ある程度の規則性はあるものの、ハングルのローマ字表記はイマイチ統一されておらず、人によって異なる綴り方をするから、慣れないと厄介だ。例えば、「あ」と「お」の中間音のような母音があるのだが(日本人には「お」と聞こえる事が多い)この音は「eo」または「u」と綴られる。「eo」も奇妙と言えば奇妙だが、筆者はこちらの綴りに慣れていたので、「u」と書かれた時には「う」と発音してしまいそうになる。が、「う」に近い母音は通常「oo」と綴られる。

厄介だったのは、別のペンパル、ジュンソクさんの名前を韓国語で綴る時。彼からは初め英語でメールが来て、その後も何故か差出人名はローマ字表記で「Jun-suk」と書かれてきた。こちらからメールを書く時も「Jun-suk」さんとローマ字で書けば良いのだが、まー、折角韓国語で書くのだから、名前もハングル表記したい。で、「u」=「あ・おの中間母音」と言う推測のもと、名前をハングル表記してメールを送ったところ、筆者の認識では「Joon-seok」と綴るべきハングル表記で訂正が返って来た。

なに!?「u」も「う」の発音を表す事があるワケ?
次の音節の「あ・おの中間母音」にも同じく「u」を使っておきながら?
ふ、不可解だ…

日本語だと厳密に区別する必要があるのは単純な5母音だけだから、母音のローマ字表記は実に単純で、そーも頭を悩ませることはないのだがな…(実はタ行の子音のみ少々不可解に変則的)

また、別の知人のチェ・ヒョヌ君、彼の場合は性名共に妙な事になっている。ローマ字表記はChoi Hyun-Wooとなっており、日本人を初めとする外人は「チョイ・ヒュンウー」と発音する。確かにハングルを細かく分解して忠実にローマ字化するとこうなる。姓の「チェ」の母音は、ハングルの「o」「i」の音を表す母音を組み合わせて作った合成母音なのだが、「oi」とは発音せず、「we」と発音する。しかし、何故か英語で紹介する時は「ミスト・チョイ」となる?何で?????

初めは、そうかー、チョイって言う名字なんだ、と思っていたのだが、よくよく彼の名刺を見ると、全然別の知人の「チェさん」と同じハングルの綴りだったのだ。

また、韓国語は連音化が起こるから、前の音節が子音で終わっていて、次の音節が母音で始まる場合、子音と母音がくっついて、殆ど聞こえなかった子音がはっきり発音されるようになる。ヒョヌ君の場合は名前の第1音節の「n」と次の音節の「woo」がくっつくはずなのだが、何故か、韓国人はローマ字で名前を書く時、音節の間にハイフンを入れる事が多い。こんな風になっていたら、連音化に慣れている英語ネイティブだって、音節を区切って読んでしまうよ…

と言う訳で、彼の名前が日本語表記される場合、「ヒョンウー」だったり「ヒュンウー」だったり、統一性がない。そして原音に近い「ヒョヌ」の表記は未だかつて見た事がない。

筆者の場合もドイツでは虫呼ばわりされるなど、外国では正確に発音されない事が多いけど、彼らは外国用の発音ってのをわざわざ別に用意しているんだよなぁ…。余計紛らわしい気がするんだけど、どーよ?

まだまだ奥が深い、ハングルローマ字の世界なのであった。